体づくりをマッチョイズムから解放した本物の革命 リングフィットアドベンチャー

筆者の小学生当時、ハイパーなわとびというタカラとコロコロ謹製のおもちゃがハイパーヨーヨー・ビーダマン・ベイブレードとともに流行した。おりしも私が育った兵庫県では、なわとび検定という催しがあり、僕の通った学校では業間に任意の子供が運動場へ集まり、10級から1級まであるメニューをクリアすることに躍起になっていた。もちろん、くだんのハイパーなわとびはここで役に立つことになる。駄菓子屋の縄跳びと違い、持ち手にグリップがつき、デザイン性のあるものだった。

が。当然バトルえんぴつ同様、そうしたものをおもちゃとみなして持ち込みを許可しない学校も当然あって、自分の学校も例に漏れることはなかった。配られたプリントのガイドラインに、「ハイパーなわとび禁止」などと書かれていたのだ。

タカラと小学館(そして任天堂)は、単にホビーを内向的な所作に向かわせるのではなく、子供たちを「明るい外の世界は楽しい場所であり、なわとびも鬼ごっこなどの遊びも本来楽しいものであり、そこに連れ出そう」と腐心していた。子供の想像力はもとより、ハイパーなわとびもまちがいなくそれに一役買っていた。しかしそれを学校の教師が権威として、あくまで軍国主義ナイズドなしつけとしようとし、子供たちのモチベーションを摘み取り、いざ自分のフィールドに参画するやマリオネットのようにコントロール下に置こうとする。当然子供は教師のみならず、スポーツそのものに反感を持つようになる。めんどくさいからもうやらねー。となる。こどもたちが勉強嫌いになる格好のプロセスのひとつにして最たるものだ。

加えて家ではスポーツマンでもない(心の底から軽蔑している)父親に、コミュニケーションの一環として嫌々ランニングにつき合わされた。筆者はこのころからストレスで逆に太りだした。ごはんはいつだって茶碗一杯までしか食べてなかったのに。ゲームのタイトルを言うだけで頭をたたかれる険悪な雰囲気の食卓、ブラック企業の仕事のストレスを家庭に押し付ける血縁上の父を名乗る男、ヒステリーをおこして「死ぬ死ぬ」向かって子供に言い放つ母親。原因は別にあるのに、当時の痩せるイメージをもとにダイエットの一環としてランニングに連れ出そうとするさまは当時から滑稽だった。スポーツは単に体力だけでなく、大人が自分をコントロールするためのものであり、苦痛であるべきものと刷り込まれ、そうして少なくとも僕は図書館勢になった(ちなみになわとび検定は小5のときに一転よき体育教師と巡り合い、二重飛びの飛び方を教えてくれて1級までクリアしている。跳び箱も七段まで普通に飛べた。体を動かすことは今でも嫌いではないが、マチズモの介在するコミュニケーションは苦痛だった)。さらには子供の人気取りのために団体球技をメインに催す教師までいた。当然それも苦手だった自分はますますスポーツを敬遠した。器械体操や鉄棒や雲梯は好きだったが、カリキュラムはそれを敬遠した。

さて、中学になっても内向的な面は変わらず、学園社会の牢獄+家でオツムの不出来な父親の肉体・精神的暴力でストレスは重なった。さらに体育のカリキュラムが集団球技などに特化しており、チームプレーの苦手な自分が楽しいはずはなかった。こうしてデブのキモオタが完成した。そうして私は18歳(義務教育+高校卒業)になるまで肥満児であった。高校卒業後の1年で(ガテン系のバイトをやってて自転車にも乗っていたおかげか)おどろくほど痩せた。今ではBMI値上は適性体重だ。体系はいまでも維持できており、健康診断でも現在異常値はみられない。献血も全血でできる。ライブで始終たちっぱでも息切れしない程度。ただし、持久走は苦手だし運動を習慣化してはいなかったので、ひきこもりはひきこもりである。12年以上間違った体系に則らされた結果である。

昔話もそこそこに、コロナ禍にあってひきこもりを余儀なくされ、ライブも映画も、自分が求める体験型エンタメは軒並み中止になった。家でたしなめる個人的趣味に近しい娯楽と言えば、レンタルビデオか配信で映画を見るか、ゲームをするか、本を読むかである。意外にも、苦痛になろうと思えた4月~現在にいたる自粛明けまでの期間では、プログラミングの勉強、現在進めている『アナクロノペテー』の翻訳(誰も期待してないとつくづく思い知ったので後回しにしてるがw)、見たかったドラマ・アニメシリーズ、配信映画、ゲーム、積んだ本の読破はそれらの半分すらならなかった。2か月の外出休暇はわずかすぎた。蜜回避という名目のコミュニケーションの分断は自分にとって楽園だった。このなかでも特筆すべきものがあって、その体験の一つが「リングフィットアドベンチャー」だ。

結論から言う。本作は最高の体験である。そして、僕はそれを他人に強要しない。「今、品薄で買えないものを手にしたい」という下心があるなら、それを契機に手に取るのもかまわない。

ゲームのあらまし。リングコンというハンドル型のコントローラーを使い、それぞれの体の部位をスクワットやプランクなどの運動で鍛えるというものである。

タダの運動ならWii FitやFit Boxingなどがあるが、本作の白眉はアドベンチャーモードだろう。そこにはストーリーが用意されている。ドラゴという肉体強化に囚われ各地を混乱に陥れる悪役を、リングとともに主人公=プレイヤーが追いかける、というもの。「クラッシュ・バンディクー」のような奥行きステージを、エアランニング(あるいは軽いスクワット)やリングコンのおさえ込みで走り抜け、道中に待ち構える魔物をRPGの要領でスクワットなどのメニューでやっつけたり、ヨガのポーズでかわしながら先を進む。

フィールドは初代スーパーマリオブラザーズのように行けば戻れぬ仕様であるが、ゲーム自体の難易度は高くなく、ギミックは難しくないしアイテムを取り逃してもクリアに支障はない。しかし、キーとなるのがリアルの体力と筋力である。敵キャラを攻撃するために運動を選び、メニューにおいて規定された回数をやりきらなければならない。運動負荷という設定があり、1~30までのレベルで、最適なラインを設定できるが、30と設定するとたとえばスクワットなら1コマンドで30回以上、1回の戦闘ですべての敵を倒すまでに合計100回程度をやることになる。これがかなりきつく、ある意味ここでゲームの簡単さに比する難易度調整が行われているといっても過言ではない。

まず驚くべきことは、中学時代に陸上部に所属していた時ですら(日曜は大会前以外は基本休み)なしえなかった運動継続を、アドベンチャーモード一周クリアまでの49日間連続で達成したことである。以後も頻度はそれなりに落としつつあるものの、この文章を書いている現在も継続している。監視者もなく、なんのしがらみのない遊びのための運動が本当に楽しいものであるとは。小学生の時に7~8mの高さのジャングルジムを業間中上ったり、雲梯をいったりきたりきたりしたあの頃の感覚に近い。あまりに体を動かすものなので、プレイ中はずっとホエイプロテインを飲んでいる。(ボ〇ィウィングのやつが無添加かつ安かったのでそれを格安のドリップコーヒー(ブラック)やココアで割っている)。するといつの間にか、すっかり平たんだった腹に縦線が入り、垂れた太ももはがっしりした。これが、これが健康なのか……。

ストーリーも難解さはないが、あるテーマが目についた。絶対的な強権や理想におされる強迫観念を敵役にもたせているところである。絶対的にこういう体にならなければならないとか、相手に理想通りになることを強要するとか、だいたいの人が運動を呪いに変えてしまう(先述の通り、自分も例外ではない)要素である。(原則本作は一人用なので今回は描かれることはないが、集団性を試し適性がないなら社会から排斥すべしという旧態依然とした学校・軍隊などの組織論にもとづく体育や、)何かを得るためには苦行を積むべしなどの(すべてのホビーからは遠いところにある理念の)マッチョイズムである。ドラゴは彼の元にたどり着くたびにトレーニングに励んでおり、バックボーンがストーリーの会話内で明らかになっていく。彼を追いかけ倒すというのは、そうしたマチズモから解放するということでもある。どうなるかは皆さんのご想像通りでありましょうが、ストーリーの落としどころとしてはとても心地いいものである。僕は少し泣いた。

また、対戦モードが特にない一人用に特化されているのはゲームデザイン上の制約という面もあるのでしょうが、そのおかげで運動が集団性を試す(事実上の運動音痴の集団からの排斥)ものではなく、スコアの記録以外の競争性を排すことでプレイヤー自身の肉体づくりにとにかくフォーカスさせる構成になっているのがすばらしい。光る髪をなびかすゲーム内のプレイヤーになりきる、というロールプレイが(ジョギングなどと異なり)着の身着のままの自分が運動しているという、沖合でひとりもがくような感覚をすっきり捨てさせるという、楽しさ以外何も残らない不思議な感覚を与えてくれる。

運動が嫌いだった人はこのアドベンチャーモードをクリアするまでプレイするだけで、多分その後の人生が変わる。僕は少なくとも、リングフィット下における運動はしばらく続けていきたいと考えている。運動に対してポジティブな感情になったのは生まれて初めてである。ただし、僕は自発的に誰にもこのゲームを勧めない。評判がいいから手に取るのもよくない。自分で選択して手に取り快楽を得ることが最も大事。だれかの意見で日和ったり日和らせたりすれば、それは主従関係の介在というホビーにあるまじき姿勢になる。大人たちは子供にこのゲームをやらせようと考えるとき、体験を呪いに変えられぬよう、無理くりすすめないようにお願いしたい。

あと、ダイエットを目的とされる方に本作は推薦できない。プロテインを摂取していたこともあるが、プレイ前後で僕の体重は1kgも変化しなかった。本作は、徹頭徹尾ダイエット以上に、「筋肉は一生の友」というコピーに代表される、体作りのゲームである。痩せたいと思われるなら、Switchのゲームでという条件に固執する場合は有酸素運動に特化した「Fit Boxing」をプレイされるほうがいいかもしれない、および手段を問わないのであれば、炭水化物の摂取を少々抑え、カルシウムとタンパク質とミネラルとビタミンを考慮した献立のもと、基礎代謝以下のカロリーに抑えた食生活に代謝を高めるための軽度の有酸素運動(なわとび・ウォーキング・サイクリングなど)をおすすめする。ただし『リングフィット』でもヨガのメニューから代謝をアップさせることはできる。また、地べたを使う運動も多くあるため、ヨガマットは絶対準備したほうがいい。

本作ですべてのボディビルジムが廃業になると思われようが、それは絶対ない。リングフィットとリングコンのもたらす最大負荷では、おそらくシュワちゃんのような体にはならないからである。ただ、最大負荷で最初の1周をクリアできたなら、そうしたステップアップにいきなり踏み込んでも苦にならないような体が手に入っているということであり、何十万積めば楽に手に入るエルメスのスーツと違って簡単に手に入れられなかった筋肉という服飾と健康な体への切符を確実に手にすることができる。

長々と書きましたが、本当に運動が楽しいと思えたのが久しぶりだった。ジャングルジムで遊んでいた小学生時代の感覚をこのゲームは与えてくれました。今年のベストゲーム確定です。

(次点は『オリとくらやみの森:ディフィニシブエディション』/『オリとウィスプの意思』ですが、その話はまた別記事でアップします。こちらも絶対プレイすべき傑作です)

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