かわいいの価値が下がった

———-かわいいに限らず、人の目が肥えたせいで多くのものの価値が下がっている———

このテーマは色んな人が言っていることなのかもしれないが最近ひしひしと実感するので自分の言葉にして書いてみたい。


ここ近年、誰もがSNSを行い、各々好きなものを無限の時間で追い続けるようになった。

そんな中、イケメンであったり、美人という人間の普遍的なコンテンツは常にSNSで盛り上がりを見せている。

芸能人はもちろん、一般の素人にもフォロワーがつき、

前作の人生オナニー時代と連動する話になるが、
人々は常に新しいかわいい、カッコいいというものを見て何かの欲求を満たすためにイケメンと美人を探し続ける。それはある意味それを見て気持ち良くなるためではないだろうか。

そんな流れとなっているので、欲の力は偉大であり、知らない田舎の美人が急に全国級に話題になったり、今まで芸能人で可愛いと言われてた人が、あれ?意外とそうではないんじゃねって思われるようにもなっているのだろう。

ひと昔前まではクラスや町内、にはアイドル的存在がいた。飛び抜けてイケメン、かわいいであれば全国級に有名になる一方、少しイケメン・かわいい程度であれば昔と同レベルで持て囃されることは無くなったと思う。

またSNSで美人がよりどりみどり状態であることに加えて、自分自身を盛れるようにアプリで加工することや有名人のメイク術がテンプレート化したことにより、金太郎飴のように同じような顔の人が大量発生していることで今後は好みの均一化が少しずつ進むのではないだろうか。

こんなようなことでかわいい・かっこいいは価値が薄れ、ポルノのように毎日毎日消費される。
誰かに飽きれば誰かに移り、その誰かも飽きられ捨て去られる。もちろんそんなことのない人も居るが、その量は明らかに増えている。

こんなことを書いている自分もそうである。
飽きが近頃非常に早くなったという実感は日々増大している。

無限に無料のコンテンツが画面越しに観られる社会、確かに欲が満たされる社会だが一歩間違えば廃人になる社会でもある。

どう生きるかは人次第。

でも大切なことはいつまでも忘れないでおきたい。

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