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M山木の*怪盗(16)

(註)本文に登場する地名、人名、団体は実在のものとは一切関係ありません。

ア怪にとって毎朝の散歩はかかせない。歩次朗学園で一限が始まる頃を見計って行動を開める。郵便局員に扮して住宅の合間を練り歩くのが日課だ。
住宅には他人の生活の余韻がそこかしこにある。共同住宅。寮。一軒家に下宿する書生見習い。物干し竿を丹念に観察することで性別年齢職業を類推する。其の姿は私立探偵にも見える。

水平くんは僕の船に乗って 右曲がりの逸物で操縦
腕っ節の強い男は嫌いよ  年中無休で頂くわん

ア怪は鼻歌まじりに往来から一本の路地に入った。お通じが良いのか機嫌も上々のようだ。
目線を上げると角から三軒目の欄干に目が止まった。肌着と下着が太陽の光を浴びて揺れている。下着には可愛らしい刺繍が施されていた。
ア怪は一瞬真顔になり周囲に視線を巡らせる。

蟹股で軒先に一歩一歩と忍び寄る。雀が瓦の上からちゅんと鳴いた。
物干し竿に近づき下着の先を鼻腔に近づけると微かな匂いがア怪を捉えた。全神経に瞬く間に雷が轟く。

「間違いない」厠で会った少年の匂いだわ。
厠は雪隠ともいうように雪のように白い肌が隠されるのに最適な場所。ア怪の表情からは何かしらの合点がいったようにみえるが凡人には解せぬ。
ア怪の肌が光を帯びてくる。長年の研究から導き出された潤い濃密樹液がとろとろになるまで煮詰められていくのだった。

ア怪は恍惚とした面持ちで全身を物干し竿へ預けようとした。ふわっとした香りがア怪を襲う。あと一歩で少年の成分分析表が完成する。

そのときだった。視界の隅で電気信号が灯され磁場が歪んだようにみえた。毛細血管が沸き立つのをア怪は抑えられない。猫のような嗅覚と威嚇が本能として現れた。布切れの合間から嘲笑う少年の姿がみえた。

喰べたい。物にしたい。奪いたい。
なのに明晰な頭脳が近づいちゃ駄目だと諭してくる。

「ア怪そこまでだ観念しろ」
聞き覚えのある声と同時に上から縄網が降りかかってきた。

断捨離を推し進めた結果、男の子が寄ってこなくなりました。