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M山木の*怪盗(18)

(註)本文に登場する地名、人名、団体は実在のものとは一切関係ありません。

「少年にとって美とは何か」言語にはsignifiantとsignifiéがあるように少年には魔法使いと科学者の側面がある。

ア怪は思索に耽る。据え膳食わぬは男の恥という。食べ盛りの少年たちは待つことを知らない。水は低きに流れる。欲望を止めることは誰にも出来ない。密航をして水夫に弄ばれParisへ旅立ったときの高揚をア怪は噛み締めていた。

S条K原町の喫茶室T地で青年は茶をしばいていた。仕立ての良い背広に整えられた口髭を生やっし実業家風情を醸し出している。
徐に扉が開いて恰幅のある妙齢の女性が近づいてきた。
「あらぁ、久しぶりじゃなぁい」青年の顔をまじまじと見つめた女性は向かいの席に座って店員を呼びつけた。
「Un café viennois, s'il vous plaît.」女性は半角混じりの言葉遣いから音色を変えずに流暢な仏語を繰り出した。店員も動揺する気配もなく下がる。
「相変わらず実に綺麗だね」青年の声は見た目とは裏腹にどこか弱々しい。「まぁ、うれしいわぁ」貴方との時間を楽しめるならお姉様何だってするわよ。女性は急に小声になって青年の耳に口づけするように囁き始めた。青年の顔が急に明るくなる。白い珈琲が運ばれてくる。
女性は「美味しそうだわ」と感想を漏らして液体の輪廻を数秒眺めた。紅を塗った女性の口が器にあたる。まるで白薔薇のようだ。
青年は一瞬気分を害した表情をみせた。

「どこもア怪の話題で持ちきりのようだね」青年が話題を提供する。
「本当に不憫でならないわぁ」わたし好みの青年が保護出来るのはありがたいけれどぉ心の保護が追いつかないのよねぇ。女性は愚痴を友人に吐くように青年に語りかける。青年は時折相槌を入れると女性から目を逸らした。
「張型警部は元気かい」女性は表情を変えずに続ける。
「あのはりがたのどこがいいのかしらぁ、格好付けの見栄張りじゃなぁい。大体ア怪を捉えられないのだってぇ、はりがたとあなほりがぁ無能だからなのよぉお陰様で連日青年たちと触れあえてるんですけどぉね」
青年は答えになってないよと苦笑した。「そろそろ行かないと」青年は席を立つ。「え、いいことまだしてないじゃなぁい」
今日こそはさせてぇよねえ。女性は周囲を憚ることなく艶のある声を出した。青年の姿が見えなくなると女性は「会計!」と店員を呼び立てた。
伝票の裏紙には癖のある筆跡で「Merci Kyoko Médecin」と書かれていた。

断捨離を推し進めた結果、男の子が寄ってこなくなりました。