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幸運の女神の前髪をつかんだらチコちゃんに叱られた~演歌リング買ったよ

4月11日、mmm jewelryさんの横浜高島屋ポップアップ最終日。

火曜日はいつも在宅勤務なのだけれど、その日、私は出社していた。同じ課で定年退職するおじさまの最終出社日で、業務引継ぎの最終確認をしたかったから。引継ぎQ&Aは別にオンラインでもできるのだけど、せっかくなら直接会って今までのお礼も言いたいな、という昭和マインドの出社だった。

そうしたら、TwitterのTLにポップアップのお知らせが流れてくるではないか(ちなみにTwitterも最近開設したばかり)。横浜は、通勤経路の乗換駅だ。夫は今日、在宅勤務。娘のお迎えは夫にお願いできる。

よし。行こう。

出産を境にアクセサリーからは遠ざかって久しく、いま身に着けているのは結婚指輪のみ。コンセプトはまだない(吾輩は猫風に)。まあ、つまり完全なる社会科見学のつもりだ。

***

出店ブースでは、まりかさんとむっちゃんさんが満面の笑みで迎えてくださった。私のリツイートにとっくに気づかれていて、最初から自問自答ガールズバレしていたためすぐさま試着100本ノックが始まった。

今日見たいのは、リング。少し前からぼんやり気になっているのは、太めの地金のボリュームリング。あえて言えばエルメスのシェーヌダンクルっぽい感じで、でももっとこう、太くてごつくて個性的な形をしたやつ。

そう伝えると、すぐにまりかさんが見繕って次々手渡してくださる。右から左へ流れるように試着していくのだけど…あれ?なんかこう、ピンとこない。肌に馴染みすぎてしまうからか、何の感情もわかない。思ってたんと違う。…うん、ちょっと方向性、変えましょうか。

次に移ったのは色石ゾーン。華奢な台座に色も大きさも様々な石がキラキラと輝いている。パッと目についた、華やかな大き目シングルストーンのリングを試着してみるも、びっくりするくらい似合わない。指が短いせいで、ストーンに指と甲が分断されてしまって全然美しくない。

「じゃあ、複数石がついてるやつ、どうですか?」

3連ストーンは、シングルよりもずいぶんいい。2つはどう?中くらいの石と小さめの石、2つの組み合わせ。

あ、これちょっといいかも。

どうやら、色が薄くて透明度が高くてキラキラ感が強いやつが好みらしいね、とまりかさんにどんどん暴かれていく。

「こういうのも、アリじゃないですか?リングって別に1本じゃなくて、複数組み合わせたっていいんですよ」

な、なるほどー!!

この組み合わせ、すごい好みかも。1本ずつで完結するデザインでも、組み合わせ次第でセットみたいな可憐さが引き出される。これはものすごい社会勉強だなぁ…


なんて思っていたら、次の瞬間、伏兵が登場。

…え?


指にはめた瞬間、多分変な声が出たと思う。

柔らかな色合いのブルーサファイアが、何の不自然さもなくゴールドでつなげられてフルエタニティに仕立てられている。

一つ一つ色も形も異なるサファイアは、手を動かすたびに絶えず色味を変えながらキラキラと輝きを放つ。表、裏、横、どれだけ見ても全く飽きない。その様は、まるで一瞬たりとも留まることを知らない水面を思わせる。これはあれだ、青春病(藤井風)に出てくる、「無常の水面」。

…あ、そういえば。

こんなリング、私、昔持ってた。ジュエリーじゃなくてビーズだったけど、ブルーの大粒ビーズをお花みたいに繋げたデザインの、まさにこんな感じのリング。


ぼんやりそんなことを考えていたら、びっくりの試着、さらにドン。

「こういうのも、どうですか?」

ぎゃああああああ!!!!!

なんということでしょう。まさかの、ボリュームリングにプラスオン。

なんたる破壊力。なんという創造性。別の性格のリングを合わせることで、揺れが加わったり、抜け感が出たり、構造が立体的に変わったり。1本1本すでに個性的なのに、組み合わせの妙で世界観が深まっていく。

そうか、洋服と同じなのか。レイヤードして色をチラ見せしたり、ボリューム感を調節したり、袖を捲って抜けを出したり、するもんね。


…とか思う暇もなく、はい、ここでさらに倍。(わかる人手挙げてー)

不意打ちの、パール。

「あ、パール、似合いますね…?」

その瞬間、まりかさんの目がきらっとした(多分。私は自分の手を見てたから正確にはわからなかったけど、まりかさんの方角で何か空気が変わったのを感じた)。そして、動いた。


「これ。これ、着けてみてください」

さっきより、もっと変な声が出た。


なんだ、これは。


ゴージャスな、見たこともないくらい大ぶりのパールがおもちゃみたいに輝いている。もちろん、おもちゃなんかじゃない。台座はプラチナだし、添えられているのはダイヤだ。何よりも目を奪われたのは、中心が微妙にずれたフォルム。

「パールってどうしてもフォーマルなイメージが強いし、この大きさで真ん中にするとマダムみたいになっちゃうから。それが嫌で、わざとずらしたんです」

説明してくださったのは、成田さん。このリングの作者だ(私はこの時理解していなかったのだけど、ポップアップは成田さん率いるセレクトショップfuligoさんと、mmm jewelryさんが一緒に出店されていた。スタッフの方全員めちゃくちゃ仲が良かったので、私はてっきり1つのお店だと思っていた)。


「で、こうするわけですよ」

と、さっきのフルエタニティを差し出すまりかさん。

うっっっっっそでしょぉぉぉぉぉ?!


これは、素敵だ。ありえないくらい、ときめいてしまった。


興奮しすぎて写真を撮り忘れたけれど、2本を同じ指にしてもものすごくハマっていた。これ以上ないくらい、ベストな組み合わせ。1本ずつでももちろんいいんだけど、相乗効果の凄まじさたるや。こんなの、本当に見たことない。全身鏡で見たら、指先がほわっと発光している。


え…っと。今日、社会科見学のつもりだったんですけどね?


ちょっと待って。


キョウ、ポップアップ、サイゴ。

アシタ、オミセ、ナイ。


「今日は買わずに帰って考えます」って、言えない。特にフルエタニティはインポートの完全なる1点もので、売れてしまったらもう金輪際会えないそう。パールも天然物だから同じ形のものはないし、いつかまた同じデザインで作ったとしても、市況を考えるとこの価格ではもう出せないと(言うて私にはひと財産分)。

フルエタニティ1本しか見ていなかったら、多分、えいやと決心できた。でも、パールにも同じくらい心奪われてしまった。2本買うって、あんた、流石にそれは。じゃあどっち?って、あーーー、ええーーーー、ううううううーーーー。

幸運の女神は前髪しかないって、ほんとだったんだね。しかも、同時に2人…!


フリーズする私を前に、むっちゃんさんが優しく微笑んだ。

「スタバ、あっちにありますよ」

ここは一回、撤収だ。

***

売り場を離れて外の風に当たったことで、少し冷静さを取り戻した。スタバで席について、キャラメルマキアートを一口啜った瞬間、思った。

そんな、一度に装備全部揃えなくても良くない?

自分でちゃんとしたアクセサリーを買うのなんて、人生でせいぜい2回目だ。私の自問自答ファッションは今始まったばかりで、コンセプトだって決まっていない。そんな、いきなり完成形を目指さなくたっていいじゃない。

じゃあ、何も買わずに帰るって選択肢はある?

シンプルな結婚指輪が1本だけ嵌った自分の手を眺めて、「寂しいな」と思った。ほんの数時間前までは当たり前の光景だったのに、この指にあのリングがないなんて、寂しい。一度そう思ってしまったということは、帰ってもおそらく残像は消えない。ならば、どちらかを連れて帰ろう。

これは、究極の2択。ある種の訓練だ。

noteの下書きには、コンセプトの元になりそうなキーワードがいくつかメモしてあった。試しにそれと照らし合わせてみよう、と思いつく。

まずは、「自由」。過去からの自由、べき・ねばからの自由、正解からの自由、一度見つけた答えからの自由。

フルエタニティを見ると、どうしても以前持っていた似たデザインのリングを思い出してしまう。言ってみれば、ブルーサファイアはビーズの超・上位互換だ。

それは大学院の頃、留学していたフランスで買い求めたものだった。奨学金をもらってるんだから、手ぶらで帰ったらみんなに笑われるから、絶対に学位を取らねばと極限まで自分を追い込んで、本当に毎日死ぬ気で勉強していた。その合間、資料収集に出かけたパリで一目惚れしたリング。

あの頃、無駄に辛かったな。切羽詰まってたな。しかも、今となってはそんな「ねば」なんて心からどうでもよかったな。そんなことを思い出すなんて、まるでバック・トゥ・ザ・過去。

…あれ?今から新しくリングを買おうっていうのに、それ見てバック・トゥ・ザ・過去しちゃうんだとしたら、それは「自由」とは真逆じゃない?

次、「余白」。余裕、余韻、客観。色に例えるなら、白。

おや、白って、もしかしてパールの色じゃない?

それから、「心地よいズレ」。山本耀司の『服を作る』を読んで閃いた言葉。少しの「ずれ」「ずらし」で生まれるリズム、グルーヴ、遊び。

え、パールのリング、まんま、「ずらし」たデザインだよ?!

最後、「自然」。鮮やかな緑、滴る水、眩い光。生きものとしての自分。

パールって、まさに天然ものじゃないですか。貝の中で時間をかけて偶然が重なって生まれた、二つとない大きさと形。鈍く柔らかく穏やかな輝き。


思いの外、静かに心が決まった。


***

驚いたのは、連れて帰った後のことだった。

着けてみたところから、本当の自問自答が始まったのだ。

店頭で見ていたときにはそこまで注視していなかった、裏面の加工。

プラチナがパールに沿って、滑らかなぽってりとした曲線を描いている。これがリングを着けた隣の指に当たるのだが、そのあまりの心地よさに驚いた。思わず指を動かして、ずーっとすりすりプラチナを撫でてしまうくらい。

着けた状態でリングにじっと目を凝らす。オーロラのようなパールの光と、それを最大限に引き出せるよう考え尽くされたデザイン。「月の雫」を意味する名前の通り、ダイヤが滴っているかのような繊細な細工。

この形状のパールは養殖では作れなくて、天然でもなかなかできないものらしい。それを傷つけないように貝から取り出して加工するにはものすごく手間がかかる。そう、熱を込めて語ってくださった成田さんの言葉が蘇る。そこでハッとした。


これは、成田さんが、魂を込めて作った作品だ。


私がfuligoさんのリングを買ったとき、まりかさんもむっちゃんさんも、満開の笑顔で「おめでとうございます!」って言ってくださった。どちらの店の商品だとかは関係ない、ただお客様にピッタリの作品に出会って欲しいんだ、って。

それは、心からジュエリーを愛しているからだ、と思う。fuligoさんも、mmm jewerlyさんも、素材に真剣に向き合って、毎日毎日考え抜いて、心から誇りの持てる品を、魂を込めて作っている。


私は?

私は、真剣に生きているだろうか?


ガツンと頭を殴られた気がした。

このパールのリングに込められたのと同じ熱量を、今私は胸に持っているだろうか?私は、目の前にある人生にちゃんと向き合っているだろうか?

呆然としながら、このとき不意に閃いた。


そうか。ファッションにお金をかけるって、こういうことなんだ。


相応の値段のする品は、デザイナーやクリエイターが命を削って生み出した作品、つまりアートだ。それを身に纏うということは、生み出した側と同じだけの覚悟が求められる。

俺は、私は、魂をかけてこの服を作った。お前は、どうなんだ?お前は、俺/私と同じくらい真剣に人生に向き合っているのか?ならば受けて立ってみろ。この服を着て、お前の人生を見せてみろ。

ファッションを極めるということは、真剣勝負なんだ。ファッションに向き合うということは、自分の人生に向き合うことなんだ。

これは、とんでもない世界に足を踏み入れたのかもしれない。


ボーッと生きてんじゃねーよ。


脳内でチコちゃんに叱られた。

うん、そうだね。私、これからちゃんと考えてみるよ。ファッションって、思ったよりもずいぶん奥が深いみたい。でもきっと、ここから始まる自分への問いを避けて通ることはできないし、問えば問うだけ私の人生は豊かになる気がする。

いっちょ、やってみますかね。このリングは、私の自問自答ファッションスタートの記念碑だ。


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