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拝啓、神様。

神様、私はやりたいことが見つかりました。
無謀な夢を見続けるのはもうやめます。
今が楽しいのです。それで充分です。

神様、これは貴方にお返しします。
私の、夢だったかもしれないもの、です。

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実家を出て、大学に入り、寮生活、一人暮らし、社会人を経験し、
小さい頃見ていた夢はもう忘れた。忘れたことにした。

仲間と過ごす寮生活が思っていたよりずっと楽しくて、
その分一人暮らしは寂しくなったけど、とても自由だった。
大学はゼミが忙しくて常に寝不足だったけど、一日中好きなことを学べた。
会社に入ったらゼミどころじゃない忙しさで目がまわり、家事すら疎かになっていった。
仕事の忙しさと楽しさに酔いしれ、日々の充実感に満たされ、のめり込むようにまた仕事をした。

絵を描くことが好きだった自分なんて、もう忘れた。忘れたことにした。

大学受験も佳境だった頃、
大学に入ったら思いっきり絵を描くんだ!応募もするんだ!
実力を試すんだ!たとえお金にならなくても一生続けるんだ!

…なんて思ってたこと、もう忘れた。
忘れたことにして、現実的な将来を見据え、今が楽しいって、言い続けてきた。

好きだったはずのことが薄れていく、その寂しさから目を背けたかった。
早く忘れたかった。

描かない日が増え、ろくに挑戦もせず、みんなと同じように就職活動をし、仕事をはじめ、
そうして私はノートを閉じた。

神様、お返しします。
この続きを綴るのは、私じゃなかった。

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楽しかった大学生活が終わり、怒涛の社会人生活に自ら終止符を打ち、
しばらくの間はぼーっと散歩したりして日々を過ごし、そしてふと我に返った。

昔やりたかったこと、今こそやるべきでは、?

ゼミもない、仕事もない、何にもやりたいことのない、今こそ。
ノートを引っ張り出し、恐る恐る開いて、小さく絵を描いた。

久々に描いた絵は、引くぐらい下手くそだった。下手くそすぎて泣けた。
今まで、絵だけはそれなりに描けるんじゃないかと思ってた。
小中学校の時は、絵を描いてとせがまれることも多かった。
私の、唯一の、特技だったのに。

諦めるって、思った以上に残酷だった。

********

あれから一年経った。下手くそすぎて泣いた日から一年。
それでも久しぶり絵を描いて、楽しいと思ってしまった日から一年。

神様に泣きながら謝って、
やっぱり返してくださいと
駄々こねてノートを奪い取った日から一年。

絵が売れた。
あなたが好きなように描いた絵を売って欲しいと言われ、一枚の絵が売れた。

もう10年近く会っていない、高校の同級生だった。
SNSに投稿した私の絵に反応して連絡をくれた。「ぜひ売って欲しい」と。

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私は今、絵を描いている。

神様に返すつもりは、まだない。

今後どんなに汚れようが破れようがこのノートを描き進めるのは私だ。お前じゃない。


私だ。



P.S. 大事に預かってくれて、ありがとう。大切にします。

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