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ワタクシ流☆絵解き館その258 異国の伝承にもある「わだつみのいろこの宮」神話

世界の神話に関する文献から、青木繁が「わだつみのいろこの宮」で描いた山幸彦豊玉姫の神話に類似する話を見つけた。タイトルにある異国は、アンコールワット寺院のある東南アジアの国カンボジアである。
この伝承には、ロチゼンという王子が登場する。このロチゼンが、古事記の神話では、山幸彦に擬せられる存在だ。また、一人の姫とその姫に仕える侍女も登場する。これは、豊玉姫とその侍女に擬せられる。こんな話だ。

📝 旅にある王子ロチゼンはある日、せせらぎのほとりを歩いていて喉の渇きを覚え、せせらぎの水を飲もうと、水を掬うための蓮の葉を探した。そこに、その国の姫に仕える侍女が壺を持って通りかかる。
ロチゼンはそれを目に止め、何用の水かと問い、女にひと掬いの水を求める。女は姫の体を拭うための水と答えて、ロチゼンに水を与える。壺からひと掬いの水を得て、ロチゼンは渇きを癒す。
女は姫の所に戻る。そして姫の体を洗うため頭から壺の水を注いだ時、姫は何かが頭に当たったのを感じ取る。そっと手に隠し持ち、広げてみると小さな指輪だった。

💡 ここまでのストーリーでも、「わだつみのいろこの宮」に描かれた場面の、山幸彦がわだつみの国におもむき、喉を潤すために、そこにやって来た豊玉姫の侍女が持っていた水瓶の水を乞い、瓶のなかに口に含んだ珠を落とすと、珠は瓶に吸い付いて離れなったというストーリーと同じ構成であるのがわかる。ロチゼンの話の続きはこう展開する。

📝 姫は侍女にその王子の元に立ち戻って、様子を見て来るように言う。侍女は帰って来て姫に「王子は母から賜った指輪を失くしたと悲しんで、辺りを探しておられました」と報告した。姫は再び侍女に、「心配いりません。この国の勢い猛き王が、その姫のケオ・ファの手をあなたの手にお許しになった時には、必ずその指輪は戻ってまいりましょう」と告げて来るように言った。

📝 ロチゼンはその言葉の意味を悟り、勧告に従って勢い猛き王のもとに出向く。勢い猛き王に姫ケオ・ファへの求婚を告げると、王はロチゼンの力を試してみることにした。
勢い猛き王は先ず、籠に入れた米粒を野や庭にばらまいて、明朝までに一粒残らず拾い集めて来るようにという課題をロチゼンに与えた。ロチゼンは、鳥の力を借りてすべて拾い集めた。すると今度は、川の流れの中に米粒を放ち、これを残らず拾い集めるという課題を課した。ロチゼンは、魚の力を操り米粒を集める。それでもなかなか見つからなかった最後の一粒は、申し出て来た魚の口から転がり落ちた。

📝 ロチゼンの威厳と霊能を見た勢い猛き王は、最後の課題として、宮廷広間のしきりに穴を開け、大官の娘たちの指と姫の指をわからないようにその穴から突き出させ、多くの指の中から姫の指を選び当てるようロチゼンに告げる。
ロチゼンが迷いなく選んだのは、姫ケオ・ファの指だった。最後の課題も成し遂げ、しきりが取り払われた。姫の指には、ロチゼンがなくした指輪がはめられていた。広間はそのまま姫との結婚の宴の場となり、ロチゼンは、勢い猛き王の国をも治める権限を与えられた。

💡  ロチゼンの話が山幸彦豊玉姫の神話に類似する部分は、ある貴人がどこかに流浪し、そこで出会った麗人 ― 姫に出会う、その出会いの場面に水を入れる器が介在していること、そして秘宝であるものが、その器とセットになって出てくること。さらには麗人 ー 姫の父に気に入られ、婚を結ぶという点と、貴人が失くしてしまった大切な物を探しているのだが、姫の処からそれが出てきて、念願を果たすという点である。
一方異なるのは、姫ケオ・ファは、豊玉姫のように妊り、皇子の国へ出向かい出産するといったことはなく、その豊玉姫は本体はワニであったというような、いわゆる異類婚姻譚( いるいこんいんたん )にはなっていない点だ。なお、この異類婚姻譚の研究は学術的に深く進んでいるし、弟切千隼さんなどこのnoteの記事で述べている方が何人もおられる。

もちろん、カンボジアの神話に日本の「古事記」が影響を与えているわけではない。世界の説話に類型が広く見られ、それぞれ分類された説話のどこにその原型があるのか、今日ますますその研究は広がりと深まりを見せている。

最後に、カンボジアのアンコール時代 11~12世紀クメールプノン・クレーン遺跡出土品の陶磁器に「わだつみのいろこの宮」の水瓶に似たものがあったので紹介しておこう。
以前の記事で考察したが、「わだつみのいろこの宮」の水瓶は、青木が様々な文明の瓶を参考に、独自に創作した形態だと思う。

青木繁 「わだつみのいろこの宮」 油彩 部分 1907年 アーティゾン美術館蔵
陶磁器 カンボジア アンコール時代 11~12世紀 
クメールプノン・クレーン遺跡出土 東京国立博物館(東洋館)蔵

                                             令和6年1月             瀬戸風  凪
                                                                                     setokaze nagi




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