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Essay Fragment/日々のうた織り ⑦ 紫陽花  

「あなたに会いたい いつもそう思う」
詩人書家の相田みつをさんの寸言に、紫陽花の絵を添えた、いつの間にか醤油の染みもついている父の手製の一本の絵団扇は、父が遺した多くの色紙絵や額装の絵のどれよりも、私にはこころに染みる。この言葉を選んだとき、父が遠い人たちを思いやっていたこころを優しく思う。
「死んだらお母さんに会えるじゃろうか」
父は姉たち一族の集う席で、そんなことを言うときがあった。私が幼い頃に逝いた私の祖母。限りない優しさで私を包んでくれた祖母は、自分の子たちにも同じ愛を注いで育て上げたのは間違いないことだ。

苦心の作品に醤油の染みをつけてしまったのも父自身である。父は団扇を実用に使いながら、描いた紫陽花の色合いを、自画自賛していた。けれどその絵に、相田みつをさんのその詩句を選んだ理由は語らなかった。
その紫陽花の色も、父の死から月日を重ねるほどに、絵の具の鮮やかさが日に焼けて褪せてゆく。醤油の染みばかりが濃く沈むようで、なおさら目立つ。

逝いてから15年以上の歳月を経ても、父の温顔を思うことがしばしばある。
記憶とともに自分は生きていることにいつも気づく。そんなとき、父の選んだ言葉は、何と胸を射抜く言葉だろうかと思う。逝いた人を思うこころは、ただ、ただ、その言葉に尽きていると思うからだ。
「あなたに会いたい いつもそう思う」
きっと私は、在りし日、父が抱いた思いを後追いしているのだろう。そして私が会いたい「あなた」は、亡き父だけでなく、今私と同じときを生きているあの人でもあり、かの人でもあるのを幸せなことと思う。
その思いは、私の人生に注がれる日差しである。
              令和6年5月        瀬戸風  凪
                                                                                                   setokaze nagi

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