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ワタクシ流☆絵解き館その160 青木繁「大穴牟知命」⑦―薬草と、戦争の時代背景。

青木繁「大穴牟知命」が二人の媛命(ヒメミコ―ウムガイヒメ・キサガイヒメ)を核として描かれているのは一目瞭然であるが、遠景近景に描かれた植物も、ただ場面設定として添えられているわけではないと思われる。
また、目を射る二人の媛の白妙(しろたえ)の衣について、看護婦の衣装にヒントを得たと以前の記事で推測した。なぜこの装いが選ばれたのかを、改めて考察するのが今回の内容である。

青木繁 「大穴牟知命」 1905年 油彩 アーティゾン美術館蔵
ピエール・ピュヴィス・ド・シャヴァンヌ 「希望」 1872年  ウォルターズ美術館蔵

■ ひと茎の葉が示しているのは…

以前の記事、「ワタクシ流☆絵解き館その115 青木繁が感化された、巨匠シャヴァンヌの芸術的息遣い」の中で、上のシャヴァンヌの絵「希望」は、真っ白い衣装の女性が、トワイライトを思わせる時刻の廃墟に佇む姿が、「大穴牟知命」の構成にインスピレーションを与えたと述べた。下に示した図版は、その見方の補完である。
女性の持つオリーブひと茎は《希望》の寓意であり、ゆえにこの絵のタイトルは「希望」という。
同じように、「大穴牟知命」の顔にかかるように伸びるひと茎の草もまた、蘇生を示すひかりが差し込んだ胸の上に、明るい影を映してそよいでいる点から考えて、オリーブではないにせよ、希望や勝利の寓意を持っていると考えられる。

■ 画面を囲う植物の意味するところは…

また、大穴牟知命は、別の名は大国主命であり、日本神話の上では薬祖神の存在である。それを踏まえた上で、以前の記事ではこう述べた。

青木が傾倒したであろう『ラーマーヤナ』の伝説にある万能薬を作る薬草を、いわば 大穴牟知命のアトリビュート として、この絵に添えたという推理も成り立ち得るだろう。
「ワタクシ流☆絵解き館その125 青木繁〈大穴牟知命(おおあなむちのみこと〉⑦萌え出づる草は悠遠な世界を標す」の記述より。

あるいは「古事記」の中では、因幡の白兎の話としてよく知られる次のくだりがある。「古事記」の原文(読み下し)から引く。

八十神、おのもおのも稲羽の八上比売をよばはむの心ありて、共に稲羽に行きける時に、大穴牟遅の神に袋を負せ、供人として率てゆき是に気多之前に到りける時に、赤裸なる兎伏せり
こゝに大穴牟遅神(注※大穴牟知命に同じ)、其の兎に教へ給はく「今急く此の水門に往きて、水もて汝が身を洗ひて、其の水門の蒲黄をとりて、敷散らして、其の上に、まころびてば、汝が身、元の如く必ず癒えなむ」と教へ給ひき。

蒲黄(ほおう)は、ガマの成熟した花粉を乾燥したもので、傷口、火傷に塗布する漢方薬である。その知識を持ち、それを教え、兎を救ったのが大穴牟遅=大穴牟知=大国主なのだ。
媛によって蘇生が叶った大穴牟知命とは何者なのかをわからせる意図で、画家は、薬祖神たる大穴牟知命を
薬樹薬草をイメージさせる植物で、囲うように描いた
と思われる。
さらに思いを及ぼせば、画家の名である青木=アオキは、その生の葉を焙り粘質状にして、霜焼け、火傷、切り傷などに外用薬として用いる植物であることに気づく。(民間医薬知識案内のホームページより)
青木が自身の名に負う樹木に関心を持ったとしても、不思議なことではなかろう。

青木繁「大穴牟知命」の部分

■ 二人の媛が着る白妙の衣の意味するものは…

青木は、大穴牟知命の災難を絵の題材に選んだとき、大穴牟知命が薬祖神=医事の象徴であることを意識したのだ。
だからこそ、そのイメージの延長に、蘇生の役割を果たした二人の媛(ウムガイヒメ・キサガイヒメ)の白妙の衣が、絵を見る者に、看護婦の白衣を連想させ、暗示させるものとしての効果を意図していると考えられる。

■ 時代背景がこの絵に透けて見えている

看護婦の装いを思わせるという読み解きは、神話画にそぐわない奇妙な見方に感じられるだろうが、その背景として、1904年2月から1905年9月にかけて、つまりこの絵が構想され描かれていた当時に起きていた、日露戦争のことを考えるべきだ。この切実な現実は、「大穴牟知命」がこういう画像となった要因として挙げることができるはずだ。
つまり、傷ついて瀕死の状態にある兵士と、懸命な看護をする従軍看護婦。そういう姿を、この絵に重ねて見ることは可能だからだ。
国家を挙げての戦争における戦地の同胞の苦難をしのび、今日のようにニュース映像などなくとも、我もまた、やがて戦地へ向かい死する身かもしれないという苦渋とともに、国家存亡が目の前の危機であった明治の国民にしか持ち得ない愛国心に、熱くかき立てられるがゆえに選ばれた画像ではないだろうか。
当時発行されていた時事雑誌から、傷ついた兵士を描いた画像を下に抜粋する。

                   令和4年7月    瀬戸風  凪

■ご案内この解釈に興味を持たれた方は、下のタグの「明治時代の絵」が、青木繁作品の絵解きシリーズの入り口になっています。続けてお読みいただきますように。





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