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【特別公開】「女性の更年期症状と労働問題ーーその実態と射程」(総合サポートユニオン共同代表・青木耕太郎)

いま、更年期症状にかかわる労働問題が注目を集めています。3月8日の国際女性デーに向けて、更年期の労働問題に関する議論がより活発化するよう願って、雑誌『POSSE』では、vol.48に掲載された総合サポートユニオン共同代表・青木耕太郎さんの論文「女性の更年期症状と労働問題ーーその実態と射程」を特別公開します。

はじめに

 コロナ禍で女性非正規労働者の“雇用危機”が広がっている。女性労働者は男性労働者と比べて、女性非正規は女性正社員と比べて、より深刻な影響を受けている。『新型コロナウイルスと雇用・暮らしに関するNHK・JILPT共同調査』によれば、2020年4月以降、雇用に大きな影響(失業・離職・休業・労働時間急減)があった割合は、女性が男性の1.4倍(18.7%対26.3%)、女性非正規が女性正社員の1.8倍(18.4%対33.1%)にも及んでいる。

 注目すべきは、こうした非正規女性の”雇用危機”が社会問題となっていることだ。かつて、これほどまでに、非正規女性の境遇に関心が払われることがあっただろうか。非正規女性の中心は中高年世代である。中高年非正規女性はこれまで社会から無視され、その存在は不可視化されてきた。奇しくも、コロナが中高年非正規女性に社会の関心を向けさせたのだ。

 これには、彼女たちを強力にエンパワーメントする効果があった。というのも、これにより、彼女たちが職場で直面している悩みや困難は、取るに足らない些事ではなく、解決すべき問題であると自覚されるようにもなったからだ。そして、こうした認識を獲得した、多くの女性が、雇用主に対して労働者としての権利を主張し始めている(詳しくは『POSSE』47号の第1特集「非正規差別と働く女性たち」を参照)。私が共同代表を務める総合サポートユニオンにおいても、コロナ禍で多くの中高年非正規女性が新規加入し、権利行使に至っている。

 そのなかで新たに見えてきた課題が、女性の更年期の労働問題である。更年期症状のために労働力の安定した提供に支障をきたした際に、雇用主から解雇やハラスメント等の不利益な取り扱いを受けるという問題である。これにより、中高年女性労働者の雇用が脅かされているのだ。

 本稿では、女性労働者、とりわけ女性非正規雇用労働者が更年期を迎えた際に、職場でどのような困難を抱え、いかなる労働問題に直面しているのか、その実態の一端を明らかにしたい。そのうえで、労働運動及び労働研究が女性の更年期の労働問題を問うことの意義やその射程についても検討していく。

1.相談事例から――更年期の体調不良で休んだら雇い止め

 まず、女性の更年期の労働問題について声を上げたAさん(50歳・女性)の事例を紹介することから始めよう。Aさんの事例は、私たちがこの労働問題に取り組む発端となった事件・相談であり、またこの問題の典型的なケースでもあることから、やや詳しめに見ていきたい。

 当事者のAさんは、夫と2人暮らしで、Aさんもフルタイムに近い仕事に従事して生活を支えてきた。Aさんは、前職では職場で寝泊まりするほどの過重労働や雇用保険すら未加入の”無法状態”を経験していた。このような働き方をしていては、いずれ身体を壊してしまうと思い、40代後半で転職した先がコールセンター大手のKDDIエボルバだったという。それが2018年6月のことである。オペレーター業務を担う3ヶ月更新の契約社員としての入社であった。

 Aさんは、入社以来、10回近く労働契約を更新して仕事を続けてきた。だが、昨年8月頃に体調に異変をきたして以降は、仕事を休むことが増えたという。ひどい頭痛に加えて、めまいや吐き気が続いたことから、Aさんがかかりつけの婦人科に相談すると、女性ホルモンの減少等に起因する「更年期障害」と診断された。

 このとき、Aさんが困ったのは、更年期症状が酷い時に使える休暇制度が無かったことだ。これまで生理痛が酷い時には生理休暇を使っていたが、法律上の権利としての生理休暇は「更年期障害」を対象としておらず、更年期症状のために休んだ日については、通常の欠勤と同様に扱われてしまったのだ。

 それでもAさんは、月に2日ほど休んでしまうほかは出勤していたが、昨年12月末の契約更新の面談で、上司から「出勤率を9割以上に改善できなければ次の契約更新はない」と言われたという。その後も体調は回復せず、出勤率9割を満たすことができないまま迎えた3月末の更新面談で、上司から次の契約更新をしない旨を告げられ、4月末での雇い止めが決まった。次の仕事のあても生活のあても無いなかでの突然の失業であった。

 Aさんが途方に暮れていたところ、同僚から総合サポートユニオンの組合員を紹介され、組合加入に至った。4月末、総合サポートユニオンは、KDDIエボルバに対し、Aさんの雇い止めを撤回するとともに、更年期の体調不良での欠勤を理由とした不利益取り扱いをやめるよう申し入れた。

 それに対し、会社側は「契約期間中の出勤率が9割を2度下回った場合には一律で雇い止めとしている(更年期だからといって雇い止めにしたのではない)」「そもそも当社では労働契約を締結するにあたって100%の出勤率を前提としている」などと主張し、いまだ要求に応じていない。

「更年期障害」による欠勤を理由とした雇止めへの抗議活動

2.調査結果から――更年期症状で会社を休んだ人の3割が不利益な取り扱いを経験

 KDDIエボルバで働くAさんの事例からは、原則100%・最低でも9割の出勤率という厳しい「労働規律」を要求する職場と、「更年期障害」のために思い通りにならない身体との間の矛盾が見えてきた。そして、非正規雇用という不安定な立場が、その矛盾をより深めていることがうかがわれた。

 次に、総合サポートユニオンとNPO法人POSSEが、任意団体「#みんなの生理」の協力を得て、2021年4月30日~5月29日にかけて実施した「更年期の症状に関わる職場での悩み・労働問題に関するアンケート調査」(回答件数:285件)の結果から、更年期の労働問題の実態と広がりをみていきたい。

 この調査は、「現在または過去に生理(月経)の経験があり、且つ、更年期特有の症状を現在または過去に経験している方」を対象に、Googleフォームを使ったWeb調査(選択式と記述式を併用したアンケート調査)の方法で実施した。主な質問項目は、年齢・雇用形態・企業規模、更年期症状のために仕事を休んだ経験の有無、更年期症状のために休んだことに対する不利益取り扱いの有無と内容、更年期症状があっても休まなかった理由、更年期の症状のために労働問題に遭った経験の有無と内容についてである。

図表1 更年期特有の症状のために、仕事で悩みを抱えたり、職場トラブルや労働問題に遭ったりした経験の有無(N=285件)

 それでは調査結果をみていこう。まず、「更年期特有の症状のために、仕事で悩みを抱えたり、職場トラブルや労働問題に遭ったりしたこと」のある人の割合は37%(106件/285件)であり、更年期症状を抱える3人に1人が職場での悩みや労働問題を抱えていた(図表1)。

図表2 更年期特有の症状が原因で会社を休んだことを理由に何らかの不利益な取り扱いを受けた経験の有無(N=113件)

 更年期症状のために会社を休んだ経験のあると回答した人の割合は40%(113件)であったが、そのうち、それを理由に何らかの不利益な取り扱いを受けたとの回答は29%(33件)にも及んだ(図表2)。また、更年期の症状のために会社を休んだことがないと回答した人(171件)のなかにも、「会社を休むと不利益な取り扱いを受ける可能性があると思ったため」「会社が休むことを認めてくれなかったため」など不本意な理由で休めなかったとの回答が21件あった。

 更年期の労働問題は、雇用形態によっても、そのリスクの大きさや様態が異なることがうかがわれた。正社員は仕事を続けるうえでの身体面でのしんどさや、昇進・昇給の機会の喪失(不平等)を訴える傾向が強い一方、非正規雇用労働者は雇い止めや退職勧奨など雇用喪失のリスクについて訴える傾向が強かった。たとえば、雇用形態ごとに、更年期の症状が原因で会社を休んだために雇用に大きな影響(解雇・退職勧奨や不利益変更)があったと回答した割合をみると、正社員は6%(3件/48件)にとどまるが、非正規雇用労働者は19%(11件/58件)にも及んだ。非正規のうち派遣労働者に絞れば、29%(4件/14件)が雇用に大きな影響を受けていた。また、更年期の症状のために会社を休んだことがない理由として、会社を休むと不利益な取り扱いを受ける恐れがあることをあげた割合をみると、正社員は6%(4件/72件)にとどまるが、非正規雇用労働者では13%(9件/69件)にのぼった。非正規のうち派遣労働者に絞れば、約36%(4件/11件)がそのように回答していた。

図表3 更年期の症状が原因で会社を休んだために雇用に大きな影響があった人の割合
図表4 更年期の症状のために会社を休んだことがない理由として、会社を休むと不利益な取り扱いを受ける恐れがあることをあげた人の割合

 ここで、非正規雇用労働者のケースに絞って、自由記述式回答から労働問題の具体的な内容をみておきたい。

めまいが酷くて1週間休んだら、上司が自宅へやってきました。「突然休まれて、しかもいつ出勤出来るかわからない状態は困る。次の契約は無いかもしれない、と思ってください。最終的なところまできています」と。体調悪くても次の日から出勤しています(No.2:パート・アルバイト)。

病欠などを理由にやる気がないなどと難癖をつけられ、数ヶ月にわたる厳しい退職勧奨をうけた挙句、雇い止めにあった。(No.4:派遣)

体調的にも精神的にもぎりぎりで働いているが、収入を失うわけにはいかないので、やめられない。(No.90:パート・アルバイト)

ギリギリの人数で回しているので急には休みづらい。体調が悪い時は頭痛やめまいがするので立ち仕事での接客が辛いけれど、自分が休むと他の人に迷惑がかかると思うと熱も無いのに休めないと思って我慢している。(No.261:パート・アルバイト)

 以上の事例からは、非正規雇用労働者が、更年期の体調不良に際し、職を失う覚悟で仕事を休むか、無理をしてでも休まずに働くかの二者択一を迫られていることがうかがわれる。

 このように、更年期症状を抱える女性労働者、なかでも非正規雇用労働者にとっては、体調不良の際に安心して休むことさえできない厳しすぎる「労働規律」が、仕事を継続するうえでの障壁となっていると考えられる。

3.なぜ、今、女性の更年期の労働問題が「問題化」されつつあるのか

 この間、女性の更年期の労働問題は、NHKのWEB版(2021年4月30日、「更年期障害の私は4月30日、雇い止めにあった」)や、毎日新聞の朝刊・WEB版(2021年6月6日「「年取ったら居場所ないのか」 女性を失業に追い込んだ問題とは」)によって報道されるなど、中高年女性の労働問題として社会の関心を集めつつある。

 他方で、これまで女性の更年期の労働問題に関しては、マスメディアに限らず、労働運動や労働研究においても、ほとんど焦点化されてこなかったように思われる。女性の更年期症状は昔からあるにもかかわらず、それによって女性労働者が職場で経験する様々な困難については、今まで検討されてこなかったのだ。

 以下では、なぜ、これまで女性の更年期の労働問題は「問題化」されずにきたのか、そして、なぜ、今「問題化」されつつあるのかという疑問に対して、3つの視点から検討していく。

(1)女性労働者の家計自立化、非正規化、基幹化

 まず、ここ30年間に生じた女性労働者を取り巻く環境と主体の変化に着目して、上述の疑問について考えていこう。ここで注目すべき変化は、①女性労働者の家計自立・分担化、②女性労働者の非正規化、③非正規雇用労働者の基幹化・戦力化、という3点である。

 日本型雇用慣行の全盛期には、女性の多くが結婚や妊娠を機にいったん退職し、「家族賃金」を受け取る夫の扶養に入ったため、結婚後も家計の不可欠な担い手として働き続ける女性は全体からみれば少数であったことは、「M字型カーブ」という言葉でよく知られている。だが、90年代末以降、日本型雇用が収縮したことにより、専業主婦世帯は減少する一方(946万世帯(1988年)→641万世帯(2017年))、共働き世帯が激増した(771万世帯(1988年)→1188万世帯(2017年))(注1)。さらに、女性の未婚率及び単身世帯割合も増加し、45~49歳の未婚率は4.5%(1985年)から16.1%(2015年)へと大きく増加した。以上から、更年期を迎える女性像が、専業主婦や家計補助の主婦パートから、単身・母子世帯等の家計自立的労働者、あるいは、共働き世帯の不可欠な収入の稼ぎ手としての家計分担的労働者へと変化してきてきたことが分かるだろう。

 その一方で、この間、女性労働力の非正規化が急速に進んでいる。90年代以降、多くの企業が正社員採用を抑制し、労働力の非正規化が急速に進んだが、その主要なターゲットは女性であった。実際、女性の非正規雇用比率や実数の伸びは男性のそれよりも大きく、女性の非正規雇用比率は32.1%(1985年)から56.0%(2019年)へと倍増している。更年期と重なる45~54歳の女性をとってもその比率は57.7%にのぼる。

 そして、非正規雇用割合の増大は、正社員の負担増をもたらしたばかりでなく、非正規雇用労働者の基幹化・戦力化を伴った(注2)。非正規雇用労働者が職場の業務の大半を担うようになり、以前よりも責任のより重い業務を任されるようになっている。今では、非正規雇用労働者の仕事は、正社員の補助的業務だから「会社を休んでも業務に大きな影響はない」とか「会社を休んでも許される」といった過去の非正規雇用のイメージは当てはまらない。基幹化・戦力化されている今の非正規雇用労働者は、労働者の都合で休むことは許されないのだ。

 以上で見てきた、女性労働者の家計自立・分担化、女性労働力の非正規化、非正規雇用労働者の基幹化・戦力化という3つの傾向が、女性労働者にとっての更年期を従来とは大きく異なるものへと変化させてきたと考えられる。たしかに、扶養の範囲内での家計補助としての労働であれば、仕事を失ってもすぐに生活に困窮することはないだろう。正社員として雇用されていれば、体調不良で仕事を休んでもすぐに退職に追い込まれるリスクは高くないはずだ。また、非正規雇用であっても、責任の軽い補助的業務を担当しているのであれば、体調が悪くても休み休み働くことが許されただろう。だが、現在では、更年期を迎える中高年女性労働者の多くが、家計にとって不可欠な収入の担い手として働き、非正規雇用という不安定な地位に置かれたうえ、責任の重い業務や厳しいノルマのために余裕のない働き方を強いられている。冒頭で紹介したAさんは、まさにこうした状況に置かれていた。このような労働者にとって、更年期の労働問題がかつてよりも切実なものとして現れることは疑い得ないであろう。

(2)身体をめぐる女性労働者の「主体的な選択」

 次に、これまで、なぜ、更年期の労働問題が「問題化」されずにきたのかについて、女性労働者の「主体的な選択」という視点からみていく。そのために、女性の身体や生理現象との関連から、女性労働運動史を概観したい。

 戦後、労働運動が活発な時期は、女性労働者の要求は企業別労働組合の婦人部によって代表された(注3)。婦人部は生理休暇、産前産後休暇など「母性保護」の要求に積極的に取り組んだ。他方で、男女別定年制や男女別賃金テーブルの廃止など性差別の是正を求める運動には男性中心の企業別労働組合はあまり積極的でなかったとされる。男女平等を求める女性労働者たちの声が企業別労働組合によって代表されることはなかったのだ。

 そのためか、男女平等を希求する女性労働者のエネルギーは法律制定や裁判闘争へと注がれた。法律制定の主な焦点は、男女雇用機会均等法の改正にあった。改正男女雇用機会均等法は、労働基準法の「女子保護規定」(女性の時間外・休日・深夜労働の制限)の撤廃とセットで施行されたことからも分かるように、男女の平等を、「男」を「女」の基準に合わせるのではなく、「女」を「男」の基準に合わせる形で実現した。言い換えれば、労働市場における男女平等が、労働規制の緩和、そして女性が労働者間競争へ参入する「機会の平等」という形で実現することになった。これは経済界が推進した動きではあるが、少なからぬ女性労働者が支持していたことは見逃せない。竹信三恵子は、女性労働者自身が男女平等なき「女子保護規定」に反発し、規制緩和に賛成する心理について「フライパンから火の中」症候群と呼んで、火にかけられたフライパン(「直接差別」の横行する日本的労務管理)に耐え切れず、さらに熱い火の中(規制なき野蛮な労働市場)に飛び出してしまうと評している(注4)。

 こうした立場の女性労働者たちは、女性の身体や生理現象について語ることを戦略的に避けてきた(注5)。女性も男性と同等に働くことができるのだから、男女を平等に扱うべきという立場は、女性の身体の都合を主張することを困難にする。「女子保護規定」を撤廃して労働者間の競争に参入する機会の平等を要求する彼女たちからすれば、女性の身体や生理現象への配慮を求めることは、性差別を正当化しかねない「危険」な主張に見えるからだ。

 他方で、当時の均等法は直接差別を禁止したものの、外見上は性中立的な取扱いであっても結果として女性に不利益をもたらす間接差別については規制しておらず、多くの企業はコース別人事管理制度などの手法によって性差別的労務管理を継続した。そのため、均等法成立以降は、間接差別を問う裁判闘争が活発化した。熊沢誠は、こうした間接差別と闘う女性労働者について「能力主義の原理は承認するけれども、とくに日本企業に特徴的なその原理の適用形態には批判の眼を向ける」と評している(注6)。彼女たちが「過度なノルマや残業、時間外の研修、ひんぱんな転居要請などの受諾を含む」「〈生活態度としての能力〉評価」を間接差別として告発したことの意義を減じるものでは全くないが、いったんは能力主義の原理を受容し、企業内での昇進・昇給等の平等を要求する立場ゆえか、彼女たちもまた女性の生理現象についてはあまり焦点化してこなかった。

 だが、コロナ禍で声を上げ始めた中高年女性非正規雇用労働者にとっては事情が異なる。彼女たちは、非正規雇用ゆえに、企業内の昇進・昇格の道を閉ざされており、正社員と比べて能力主義の受容度は低い。そのため、彼女たちノンエリート女性の主たる要求は、熊沢誠の言葉を借りれば、「まあやってゆける」労働条件の獲得へと向かうだろう。そして、この世代の女性にとっての「まあやってゆける」労働条件のなかには、更年期の体調不良の際に会社を「休む権利」や、休み休み働くことの許されるゆとりのある職場環境も当然含まれうる。

(3)2020年代の「女性運動」の影響

 最後に、なぜ、今、更年期の労働問題が「問題化」されつつあるのかについて考えてみたい。それは、主として、2020年代の2つの運動の影響によって説明できると思われる。

 1つは、冒頭で述べたコロナ禍の中高年非正規女性の労働運動の影響である。コロナ禍で多くの中高年非正規女性が声を上げ始めたことで、以前よりは権利行使が身近なものになり、そのハードルが下がったように思われる。また、コロナ禍の女性非正規の運動と更年期の労働問題を問う運動との間には、直接的な繋がりもある。更年期の労働問題を告発したKDDIエボルバで働くAさんを労働組合に勧誘して労使交渉へと後押ししたのは、昨春に職場のコロナ感染対策の改善を求めて労働組合で声を上げた同僚の女性であった。コロナ禍での労働運動がなければ、私たちが更年期の労働問題を「問題化」する発端となった事件の当事者であるAさんは労働組合に出会うことさえなかったと思われる。

 もう1つは、任意団体「#みんなの生理」がアンケート調査によって明らかにした「生理の貧困」をめぐる運動の影響である。この運動の意義は、日本における生理の貧困を明らかにした点にとどまらず、女性の生理現象を可視化した点にある。マスメディアやネットニュースで頻繁に「生理の貧困」が報道されたことにより、月経や更年期など女性の生理現象は公の場で語られるべきもの、そして考慮を払うべきものと認識されるようになってきた。このことは、職場においても、良い影響をもたらすだろう。同僚同士で女性の生理現象に関わる仕事の悩みについて語り合えるようになれば、個々の抱える悩みが個人の問題ではなく、職場の問題であることが認識される契機になるからだ。そうした認識の獲得は、雇用主に対して、更年期症状を含む女性の生理現象へ考慮を払うよう要求することのハードルを下げる効果を持つだろう。

4.更年期の労働問題は何を問うのか

 最後に、女性の更年期の労働問題を問うことは何を問うことになるのかについて考えたい。ここまで、この問題の核心は、体調が悪くても休むことが許されないほど厳しい「労働規律」にあることを示してきた。

 この異常なほど厳しい「労働規律」は、女性にケア役割をすべて押し付けた「ケアレス・マン」の身体を前提としている。そして、この「労働規律」に適応し難い、ケア役割を抱える女性労働者や障がいのある労働者は、「二流の労働者」として扱われ、企業社会の「周辺」に置かれてきた。さらに、近年では、企業社会の「周辺」に置かれた労働者についても基幹化・戦力化が進められ、彼ら彼女らに対しても厳しい「労働規律」が求められるようになってきている。だが、「ケアレス・マン」とは違って労働能力に何らかの「制約」を抱えている労働者がこの要求に応えることは困難だ。

 そうだとすれば、体調不良時に安心して休めるよう「労働規律」を緩和せよという要求は、企業社会の「周辺」に置かれている様々な労働者の運動の結節点となりうるだろう。また、休むことが許されない厳しい「労働規律」によって過労死・過労自死に追い込まれた労働者の遺族の要求とも結びつくだろう。

 今後、女性の更年期の労働問題を問う運動は、更年期の体調不良で安心して休める職場環境を求めるとともに、ケア役割を抱える労働者や、病気・障がいを抱える労働者、過労死・過労自死の遺族の運動などと連帯して、体調不良で休むことが許されないほど厳しい異常な「労働規律」そのものを問うていきたい。

注釈

  1. 以下、数値については、総務庁「労働力調査特別調査」、総務省「労働力調査(基本集計)」、総務省「労働力調査(詳細集計)」、総務省統計局「国勢調査」を参照。

  2. 非正規の基幹化については次の文献を参考にしている。本田一成(2010)『主婦パート 最大の非正規雇用』集英社新書、今野晴貴(2016)『ブラックバイト――学生が危ない』岩波新書。

  3. 木下武男(1998)「「労働運動フェミニズム」と女性の連帯組織」、中野麻美・森ます美・木下武男編『労働ビッグバンと女の仕事・賃金』青木書店、206-226頁。

  4. 竹信三恵子(1998)「「フライパンから火の中」症候群――記者から見た規制緩和」、中野麻美・森ます美・木下武男編『労働ビッグバンと女の仕事・賃金』青木書店、129-148頁。

  5. 女性労働者の「身体」という論点については次の文献を参考にしている。杉浦浩美(2009)『働く女性とマタニティ・ハラスメント』大月書店。

  6. 熊沢誠(2000)『女性労働と企業社会』岩波新書。

青木耕太郎
総合サポートユニオン共同代表
1989年、千葉県佐倉市生まれ。3.11以降、仙台市で被災者の就労支援に従事したのち、総合サポートユニオンの共同代表に就任。共著に『断絶の都市センダイ―ブラック国家・日本の縮図』(朝日新聞出版、2014年)。

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