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魔法のポットは沸かし過ぎに注意 #2 白湯|1,000文字小説

前回までのあらすじ
いつか舞台で大成功を夢見る劇団員トシはバイト帰りに、リサイクルショップの前に「ご自由にお持ち帰りください」と書かれておいてあった電気ポットと魔法瓶をもらって帰ってきた。

前作(#1 リサイクルショップ)はコチラ

白湯

トシは電気ポットと魔法瓶を水でサッと洗って、ポットで早速お湯を沸かしてみることにした。

電源を入れてしばらくすると、電気ポットはコポコポ…と音を立てはじめた。どうやらお湯が沸いてきているようだ。カチンという音を立て赤いランプの点灯は消えた。

「よし、コレで温かい飲み物を飲める」

と思ったが、コーヒー、紅茶、緑茶、家には何もない。ティーパックの類も何もない。よく考えたら、マグカップのようなものもなかった。

仕方ないので、お湯をそのまま魔法瓶に入れることにした。

「白湯って流行ってるし、いい感じだ」

寝坊

目が覚めた時、すでに8時56分だった。

「やばい…」

テツとシュンとの待ち合わせは9時に下北沢だった。

「すまん。ちょい遅れそう。どっか入ってて」

下北沢までは電車で一駅。歩いても20分程度である。とは言え、どう考えても、『ちょい遅れる』どころではないことは明らかであった。

しかし、LINEで謝罪を送ると、トシは落ち着きを取り戻した。

「そう言えば…昨日のお湯…」と思い出し、昨晩に沸かしたお湯の入った魔法瓶のキャップを開けて、直接口をつけて飲んでみた。

このお湯が何度なのか、白湯が何度のお湯を指すのかわからないが、これはきっと白湯と表現するのにちょうど良いほどの温かさだった。

「おぉ、良いね。うんうん、我ながら素晴らしいものをもらってきた」

トシは遅刻しているにも関わらず、晴れやかな気持ちになった。卒業公演の時に作った紺のパーカーに袖を通し、トシは家を出た。

外は快晴というほど晴れていた。

パーカーの胸に大きくプリントされている卒業公演の演目名「汝、何時だと思っているんだ」に太陽の光が当たった。

時計は9時00分ちょうどだった。

下北沢

テツとシュンは専門学校の演劇科の同級生で、卒業と同時に一緒に劇団ジーニーを立ち上げた仲間だ。

就職せずにアルバイトで食いつないでいるトシに対して、二人は新卒で就職した。

テツは中堅の映像制作会社に就職した。テツはプロジェクションマッピングやARをつかった舞台演出に興味があったが、最近は大手事務所をやめた人気Youtuberの映像編集チームに入って日々編集作業に追われている。

シュンは人材派遣会社の営業をしている。よく話す営業とはほど遠く、プライベートでは自分からはあまり話さない寡黙なタイプである。

最初、トシとテツは「シュンに営業ができるのか?」と思ったが、几帳面な性格は、取引企業の要望を正確に把握し、迅速に対応することが求められる人材派遣の営業に向いていたようで、営業成績は上々だった。

#3につづく(日程未定)

1,000文字小説はベストセラー小説「コーヒーが冷めないうちに」の川口俊和さんのアドバイスに触発され、書き始めた小説です。1回1,000文字と制限を決めて、思いついた時に勢いで書きます。いつか、ビジネス小説を書きたいと思っています。

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