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魔法のポットは沸かし過ぎに注意 #1 リサイクルショップ|1,000文字小説

1,000文字小説はベストセラー小説「コーヒーが冷めないうちに」の川口俊和さんのアドバイスに触発され、書き始めた小説です。設定は頭の中にありますが、物語のつづきはまだ考えていません。1回1,000文字と制限を決めて、思いついた時に勢いで書きます。いつか、ビジネス小説を書きたいと思っています。

リサイクルショップ

男はリサイクルショップの前に立っていた。

すでに閉店した店頭に「ご自由にお持ち帰りください」と札のついたカゴ。男はカゴの中から使えそうなものを探している。

「これは舞台の小道具に使えそうだぞ」

誰も聞いていないのに、あえて声を出しながら、男は電気ポットと魔法瓶の水筒を取り出した。

男の名はトシ。Twitterでは「トシ@劇団ジーニーの座長」と名乗っている。

専門学校の演劇科を出て、卒業と同時に2人の仲間と劇団を立ち上げた。

劇団の活動は例のウイルスの影響で現在休止中。いや、舞台どころじゃなくなる前も舞台をやったのは3年でたった2度だけだった。

サブロー

トシはハンバーガーショップ「サブロー」のバイトリーダーである。

リーダーと言ってもバイトはトシを入れて2人しかいない。ハンバーガーなのにサブローという中途半端な名前なのは、オーナー兼店長のノロヒロシがウルトラマンタロウに変身する東光太郎を演じる俳優、篠田三郎のことが好きでそこからとったらしい。

アルバイトの仕事はハンバーガーのデリバリー。時給は1,280円だが、待機時間も時給は支給される。3時間以上の勤務にはまかないとしてハンバーガーとポテトがつく。なぜかドリンクは100円がバイト代から引かれる。

ありがたいことに交通費も支給される。自宅の最寄り駅からお店の最寄り駅までは、一駅ずつだが小田急線と京王線を乗り換えるルートになるので、片道232円が支給される。実際は直線距離にして1kmもないので、徒歩で通っている。

配役

電気ポットと魔法瓶を両手にもって、自宅への帰路を歩くトシ。

「これでお湯を沸かせば、もう冷たい水で身体を洗わなくてすむな」

4畳半ワンルームのおんぼろアパートには、風呂もシャワーもない。ガスが通っていないのでお湯が出ない。

洗面台でなんとか身体を洗っているが、寒い時期は堪える。とは言っても、毎日460円の銭湯に行くのは気が引ける。

家賃3万円と電気水道代、そして格安携帯のお金を払うことができれば、大都会東京で生きていくことはできる。

演劇らしいことと言えば、日々トシという配役を熱演していることくらいだろう。

トシの描く台本の中では、トシはいつか舞台で大成功することが描かれている。物語はまだ序盤で、大成功はもう少し先。これからやってくる大きなチャンスを前に、まだ人生のどん底を這いつくばっているのが今のシーン。

そんな、トシについに物語の転機となる大きなチャンスの前触れが訪れる。

#2 白湯へつづく


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