素焼きの器2

はじめに
これは、朝ドラスカーレットを、元にした私の妄想小説です。
今回は、名古屋の中セラで働く八郎の話の続きです。


自分の気持ちに蓋をしたのに、十代田さんは私を放っておいてくれなかった。

「近藤君。今度の休みの日、一緒に信楽に行こう。陶芸教えてあげるよ」

断ることもできたが、名前を呼ばれた嬉しさで断ることができなかった。自分でも単純だと思った。

週末、私は十代田さんと信楽にいた。あんな告白をしたのに、十代田さんは何も聞かなかったかのように変わりなく察してくれた。

「でな、これが素焼きの器や」

「へえ…植木鉢みたいな色ですね」

「そうや、植木鉢や、正解です。でな、これは素焼き言うから、完成品やない。ここから釉薬かけて、本焼きの作業に入るんや。で、ここからが本題」

そう言って、十代田さんは、突然その素焼きの器を下の落とした。

がちゃん!

器はバラバラになった。
私は、その光景を、ただ呆然と見つめていた。あまりに脆く壊れてしまったから、驚いてしまったのだ。

「僕な、君のこと、素焼きの器みたいやなってずっと思っててな。柔らこうて、僕も含め、どんな人の話もいつも聞いてあげてたやろ?その分脆い何かがあるような気がしてな。この間の話聞いて、ああそうかって」

そう言いながら、十代田さんは、砕けた素焼きの器のカケラを拾い始めた。

「あんな、僕、美大出てるから、そう言う友達もおったよ。だから、今の世の中ではなかなか受け入れられないかもしれへんけど、僕は君の事も理解できる。
ずっと自分の秘密抱えてたから、辛くなってしもたんやな。誰かに聞いてもらいたかったんやな。
それで、僕を見つけたんやな」

十代田さんの思わぬ言葉に私は心臓を鷲掴みにされた。

「そんでな、これが本焼きを終えた器や」

十代田さんは、その器をまた上から落とした。

「ダメです!」

割れる!そう思って反射的に声を出していた。
でも、器は割れていなかった。

「…割れてない」

私は、しゃがんで、割れなかった器を手に取った。

「釉薬をつけて、本焼きをすると素焼きの器とは比べ物にならない位強うなるんだよ」

「そうなんですか……」

私は、器を抱きしめるようにそっと胸に抱えた。さっきまで脆かった器が急に頼もしく見えた。

「でもな、みんながみんな、強うなる訳やなくて、焼く間に割れてしまうものも沢山ある。本当に強いものしか残らへん。
これからの君にはこうなってもらいたいんや」

器を胸に抱えて座っている僕に、十代田さんは向かい合って座った。

「性的な問題やから、一筋縄ではいられないとは思うけど、そういうことをひっくるめて、近藤君やろ?君は、しなやかに人の間を生きていける術を自然に身につけているんだよ。
だから、自信を持ってな。人に自分の秘密を話す必要はないけど、自分を認めてあげて。
君は、素晴らしい人だよ。僕も、沢山助けてもろた。近藤君、話聞き上手やから、沢山話をしてしもた。でも、それでホンマに心が軽くなることが沢山あった。ホンマ、ありがとうな」

そう言って溢れるような笑顔で十代田さんは笑った。

なんて人なんだろう。
恋愛感情を超えて、人として、私を包み込んでくれていた。
私は、先ほどとは違う温度で心臓を鷲掴みにされた。

「十代田さん」

「ん?」

「ずるいです。そりゃ、モテますよ。僕だけじゃ無くても惚れますよ。そうやって何人の人間を虜にしてきたんですか」

私は、呆然と十代田さんを見つめながら、心の底からの言葉を呟いた。

「えー、そんなこと言われても、僕にはわからんなあ。でも、本当に見てもらいたいのは喜美子1人やから」

「あざとい!なんでそんな言葉すっと言えるんですか?!もう、敵いませんわ。負けました!完敗です」

私は、十代田八郎という人間に魅了され、負けた。心地よい負けだった。

十代田さんはもっともっと強く美しい器を作るために長崎に行くのだと言う。

「力のない人も持てる、そんな器を作りたい。完成したら、近藤君にも見てもらいたいな」

本当は、武志君のために作りたかったのだろう、そう思った。
完成を見ることができなかった武志くんのためにも、私が完成を見届けたい。

その為にも、しなやかに生きよう。素焼きの自分から本焼きの自分に近づけるようになろう。
私は、胸に抱えた陶器を自分を包むように、ぎゅっと抱きしめた。

今まで同性が好きなことで異端児として自分を見ていた。普通とは違う。でも、それだけだ。そこだけだ。少し人とは違うけど、それも自分。しっかり抱きしめよう。
ここから始めよう。そう誓った。

私は、胸に抱えた器をお土産に、信楽を後にした。器を抱えていると、心臓のあたりが温かいもので包まれている、そんな感覚だった。


あとがき
八郎さんのことだから、知らず知らずのうちに、モテていたんだろうなあと思ってこのお話を思いつきました。
このようにいつも私の想像をかきたててくれる朝ドラスカーレットにお礼を言いたいです。
なお、これは、私の完全な妄想であり、本編とは全く関係はありませんので、あしからずです。

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