夏の残り香〜体温より〜
仮面舞踏会で俺は踊った。
都会で皆と同じような服を着て、同じような行動をし、オフィス街に馴染んで動く。
そんな俺が、あの南の島で過ごした数日は、物語の主役となり、踊り、物語を進めた。
きっとそれはあの人も同じだったろう。
お互い、島に訪れた日が同じだっただけの共通項で、惹かれ合い、屈託のない笑顔をむけ合い、そして当然のように体を重ねた。
なのに、あの人の吐息、声、肌、それらに触れたはずなのに、なぜか、指先さえも触れられなかった。
そんな残り香が俺の体に染み付いていた。
そう、体温だけが、思い出せなかった。
思い出せるのは、夏のあの強く、射るような日差しだけ。
それと共に、風、空、海それらの風景が俺を覆い、あの人のことさえも、強く射る日差しで真っ白になっていた。
そういうものなんだろう。
俺は、仮面舞踏会で踊っただけなのだ。
仮面を外せば、それは夢の時間。
運命なんてものはなかったんだ。
そう言い聞かせつつも、ネオン輝く空を眺め、遠くの星空を願う。
無意識のうちに、あの日履いていたデニムから砂がこぼれ落ちないか。
そう期待してしまうほど、あの人の欠片を探してしまう程に。
いつものように、交差点て信号待ちをする。
ふと、波の音が聞こえた気がした。
目の前を見ると、雑踏の中にあの人がいた。
目が合う。
途端に、強い日差し、波の音、風の音、海の色、空の色。
それら全てが俺を包み、あの人の笑顔が俺の目の前に立っていた。
あの人の体温を感じたい。
俺は駆け出す。
俺を包んでいた波の音は消え、代わりに、走る音、心臓の音が俺を包んだ。
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