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はじめに
これは、松下洸平さんの「青」という曲に触発されて書いた、私の妄想小説です。

「最低だね」
そう言われて僕は一人取り残された。

そう、僕は最低なのだ。

あの人の息子だから。


僕は昔から母親に愛された記憶がない。
時々、条件が揃うと愛するふりをする。
「今度の人は、子供を大切にしてる私が好きなんだって。」
そういった時だけ、僕の存在を認めてくれた。
僕も愛されようと必死だったので、母親の求める息子像に常に自分を合わせていた。

「私を幸せにしてくれないあんたなんか、要らない。」
そう言って、ある日母親はいなくなり、一人死んだ。

僕は誰も幸せにできない。
そう烙印を押して。

それからの僕は、誰の事も愛さないし、誰からも愛されず大人になった。
人肌が恋しい時は、条件を付けて人を探した。
条件が合う時だけ僕を愛するふりをした母親のように。

僕は鏡を見る事が嫌いだった。
母親にどんどん似てくる僕が、鏡の中に現れるから。
母親のようになりたくなくて、もがけばもがくほど
『誰の事も幸せにできない』
心の中で母親がそう叫んでいた。

「あなた、寂しいのね。」
ある日、底抜けに明るくしていた僕に対して、彼女はそう言った。

「私、あなたの事が気になってずっと見ていたんだ。
明るいし、人当たりは良い。なのに、あなたの周りは冷たい青色なんだよね。」
彼女は真っ直ぐ僕を見つめて、そう言った。
そんな事を言われたことは初めてで、僕は裸にされたような気分になった。

僕は彼女の唇に近づいた。
彼女を困らせてやろう、そんな気持ちもあったのかもしれない。
でも、近づくだけで重ねることはできなかった。

そんな僕に、彼女は再び言った。

「だって、私の事好きじゃないでしょ?」

そう言われて、僕の心に、彼女が見えるという青色が落ちるのが分かった。

次の日から、僕の目はいつも彼女を追っていた。
彼女の笑顔を見たい。
どうやって話しかけようか、言葉に迷う。でも、話しかけたい。声を聴きたい。僕に声を聞かせて欲しい。

こんな感情は初めてだった。
こんなのは僕ではない。僕は完全に戸惑っていた。

ある日僕は彼女を含め数人と帰り道についていた。一人減り、2人減り、いつの間にか彼女と二人きりになった。
お互いの体温を感じる近さに彼女がいる。そう思っただけで僕は緊張して、何か話さなければ、そう思っておどけていた。
不意に訪れた沈黙に僕は、
彼女を抱きしめたい。
そんな気持ちになった。

「ねえ、あなたを抱きしめてみていいかな。」
そう言ったのは、彼女の方だった。
「嫌だよ。だって、僕の事好きじゃないでしょ?」
僕は予想だにしない彼女の言葉に動揺してしまい、つい、気持ちとは裏腹な言葉を言ってしまった。
「わはは、仕返しされた。」
彼女は怒るでもなく、そう言って笑った。

じゃあ、と言って僕は彼女の手を握った。
握っておいて、自分の顔が赤くなるのが分かった。彼女を見ると、彼女も顔が真っ赤になっていた。
「なんだよ、顔真っ赤じゃん。」
僕は自分の事は差し置いて、笑いながら彼女の事を指摘した。

「私、あなたの事が好きだ。」
彼女は、僕の笑い声を切り裂くようにそう言った。

僕は、突然の言葉にうろたえつつも、うれしかった。でも信じられなかった。

「だめだよ。
だって、僕は誰の事も幸せにできない人間だから。」
正直に思いを告げてくれた彼女に、普段なら言わない自分の本音を言った。
彼女はしばらく考え込んだが、フフフ、と笑って

「じゃあ、私があなたを幸せにするよ。それならいい?」
そう言った。

その言葉を聞いた瞬間、僕の中の止まっていた時計が動き出した。
母親を求め、もがき、苦しんでいた幼い自分に、

「愛」

という水が満たされるのが分かった。

ずっと苦しかった。
人を愛したかった。愛されたかった。
ずっと苦しかった。
でも、僕は誰の事も幸せにできない。
ずっと苦しかった。
その烙印がずっと僕を縛り付けていた。

そんな僕に彼女が手を差し伸べてくれた。

生まれて初めて息ができる、そんな感覚だった。

僕の中に落ちた青色は、恋の色なんだ。
初めて理解した。
水が満たされたことで、僕に纏っていた青色が薄まって透明になり、様々な色がみえてきた。
自分の周りの景色が鮮やかな色に変わった。

「なんで、僕をしあわせにできるって思うの?」
彼女に聞いてみた。
すると、彼女は「だって」と、ずっと繋いだままだった手を僕に見せて笑った。

「なんだかんだ言っているのに、手は繋いでいたんだよ。私の事好きだって事じゃん。そしたら、それだけで幸せになれるよ。」

「それだけの事?!」
「それだけの事だよ。」

僕は、あまりに簡単な事に驚いて大きな声をあげた。
でも、もう引き返さない。時計は動き出し、歯車も回りだした。

「あのさ、君を抱きしめていいかな?」

青から広がった色の世界を僕はこれからも旅をする。








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