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ピース2

あれから私たちの関係は続いていた。
続く、というほどの回数も言葉もある訳ではないし、あるのは体の欲望だけだったが、なぜだか、そこにあるのは虚無なものではないことだけは、自信があった。

なぜなら、先生が私を求める時は、必ず作品が佳境に差し掛かっている時だったから。
最後に向かうに当たって何かピースが足りない、そんな目で私を見つめ、私を見つけ、私を抱いた。
その次の日には作品ができあがっていることから、先生にとって私は必要な存在、私がいなければあの素晴らしい作品は完成しない。
つまり、私は『先生の作品の最後のピース』なんだと考えるに至った。
そう考えることで、私は優越感に浸ることができていた。

「覚えていない」
そう言われることに対しての達成感さえも感じてしまっている程に。

なので、私は今混乱している。

私は元々冷静な方で、忖度も得意。常に相手の求める感情を先取りして動いてきた。そんな私が混乱している。なぜ?今さっき起きた先生が私に向かって「おはよう。コーヒー淹れてくるからまってて」と言ったからだ。そして机に向かわず、私にコーヒーを淹れてくれている。

待って、待って、いつもなら「覚えてない」と言って作品に向かうんじゃないの?私は何を失敗した?私は最後のピースになれかなかったのか?最後のピースにならなければ、作品に昇華されなければ私がここにいる必要がなくなってしまう。

逃げよう。

私はここにいてはいけない。瞬時にそう思った。
幸い先生はコーヒーを淹れることに集中している。集中している先生は他に目を向けることができない人で、そんな不器用さに今は感謝するわ。そんな事を考えながらそっと服をかき集め私はベットから出ようとし、先生の視線の先が自分に向いていない事を確認するためにコーヒーを淹れている先生を見た。

先生は泣いていた。

声を上げるでもなく、両目からハラハラと流れ落ちる涙に気づいていないように、ただ、ぼたぼたとテーブルに涙が落ちていた。

私はどうしようもなく怖くなって、その場から走って逃げた。先生から逃げたのだ。

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