かんぽっくり
はじめに
これは、朝ドラスカーレットを元にした、私の妄想小説です。
今回は、本編終了後の鮫島の話を書きました。
鮫島は蒲田を選んでいた。
直子と別れて心機一転、土地も変えたかった。その位の覚悟がないと振り切れないと思ったからだ。あの時は、信楽を出て京都に行った義兄の気持ちが痛いほどわかった。ただ、直子と出会った蒲田に場所を移してしまったのは自分でも未練たらしく女々しいとは思ったが、それくらいが自分らしいとも思っていた。
直子とは喧嘩しつつも上手く行っていた。ただ、お互いにお互いをわかっているはず、と安心しきっていて、それが甘えとなり、容易なことで傷つけあうようになってしまった。一度ズレ出すと修正がなかなかきかず、いつの間にか別れることが最善の方法だと思うようになり、離婚してしまった。
「信頼と思い込みはとても似ていて、『わかっているはず』『言われなくてもちゃんとわかっているだろう』は信頼ではなく思い込みで、これはどんどんズレてしまう。だからこそ、時々ちゃんと言葉に出して信頼している相手と同じ思いを共有しましょう。」
離婚後、何かの機会にお坊さんのお話を聞いた時の内容だ。
その話を聞いた時に、鮫島はすぐに自分と直子の事を思った。
自分と直子は同じ時間を共有しすぎて
『わかっているはず』
と言う思い込みにあぐらをかいて、信頼を失っていってしまったのだと、説法を聞いて理解した。だが、理解した時にはもう直子には新しいパートナーがいて、経済的にも人間的にも自分が逆立ちをしても敵わない相手である事を知って、尚更どうしようもなくなった。
直子と一緒にいた時はあの笑顔、あの悪態に救われたことが何度もあった。言ってみれば自分にとっての女神だったのだと思う。いまは、その笑顔はない。仕方ない、自分で手放してしまったのだから。
その分仕事に打ち込んだのだが、不思議と何か歯車が合わず、上手く行かないことが多かった。
今日も解決しない悩みを抱えながら、いつもの喫茶店に入った。
「いらっしゃいませ、ご注文は?」
「いつもの。」
そこまで答えて、いつもの店員の声ではないことに気がついた。そして、その声を聞いて一瞬のうちに胸が高まるのがわかった。
顔を上げると目の前に直子がいた。
「ひ、久しぶりやな。」
直子が緊張しているのがわかった。それ以上に自分が緊張していた。
「・・・なんで?どないしたん?」
腰が抜けたように、この二言を言うのが精一杯だった。
「探したわ。蒲田にいるってのはわかったけど、そっから先がわからんくて。この喫茶店が行きつけだってことをやっとつかんで、ここにいれば絶対来るって思ったから、頼み込んで雇ってもらったんよ。
で、注文は?いつものってことは、ナポリタンとコーヒーでええっちゅうこと?」
「はい…」
鮫島は呆然と、直子を見つめながら返事をしていた。
しばらくして、コーヒーとナポリタンを直子が運んでくれた。さっきつけていたエプロンは外している。
「マスターがな、上がってええよって。」
向かいに直子は座り、緊張しているようで小さな咳払いをした。
「ここでな、いろんな話聞いたで。商売、あんまり上手くいってへんのやって?」
久しぶりに会って話す内容がそれかよ、と鮫島は思ったが、直子らしいとも思った。
「なんで上手くいかへんのか、教えたるわ。」
「なんでそんなことがわかるんですか?」
「わかるで。
あんな、うちがそばにおらんからや。」
飲もうと思ってた水を鮫島はこぼしそうになった。
「何を突然言い出しますの。」
「なんでやと思う?それはな、うちはあんたのビリケンさんやから。
そやろ?一緒におったときは商売も上手く行ってたやん。
ただ、手を繋ぎすぎたんや。」
「手を繋ぎすぎてた?」
「そや。前は手をずっと繋いでた。
あんた、いや、鮫島さんに頼りすぎてた。だから…だから手汗でぐっちゃぐちゃになって気持ちわるうなって、離してしもた。
今は、一度離れたから、わかるで。」
直子は鮫島の水を奪って一気に飲んだ。
「もう一度言います。鮫島さん、私はあなたのビリケンさんや。商売の神様にもなるし恋愛の神様にもなる。なんの神様にもなれるんや。だから、お願いします。もう一回結婚してください。」
そう言って直子は頭を下げた。
鮫島は呆気に取られた顔をしていたが、突然堰を切ったように笑い出した。
「すごい売り込みやな。」
大きな声で笑う。しばらく笑って落ち着いた所で鮫島が話し出した。
「突然現れて、いきなりそんな捲し立てるの…直子さんらしくて笑うてしもた。
じゃあ、そやな。『かんぽっくり』
あれで信楽の家の周り歩けたら結婚しますわ。どや?できます?できるんなら今からでも信楽行きますよ?」
カンポックリ?なんで?今?と思いながら、ついつい直子は挑発に乗ってしまった。
「おお、やったるわ。なんならここから信楽までかんぽっくりでいったるわ!
んで、姉ちゃんに報告したるわ。鮫島さん連れてきたで!って。たまには姉ちゃんに鰻おごらしたるって…まって、ちょっと待って!信楽行くってことは、結婚してくれるってこと?」
「なんや、相変わらず勘は鈍いし、人の話聞かんなあ。そういう所、姉妹でそっくりや。」
「嘘やん…」
直子は口を開けたまま、固まってしまった。
「なんや、どないしました?直子さんから言い出したんですよ?」
大きな目を見開いたまま、直子は信じられない、という表情のままだった。
「嘘やん…だって、私ひどいことばかり言った。それが突然現れて復縁迫るなんてあり得へんやん?絶対「うん」って言ってもらえないと思って、長期戦って覚悟決めてアパートまで決めたのに。」
「だって、離れたから、手を繋げる言いましたやん。僕も同じです。
『信頼と思い込みはとても似ていて、「わかっているはず」「言われなくてもちゃんとわかっているだろう」は思い込みで、これはどんどんズレてしまう』って言われたことがあって、これ、さっきの直子さんの手を繋ぐ話と同じですよね。
僕も、直子さんに甘えきってたんです。
だから、ちゃんと言葉に出して言います。言わせてください。
直子さん、僕ともう一度手を繋いで下さい。僕のビリケンさんになってください。」
鮫島は深々頭を下げた。
その姿を見て、直子はやっと状況をつかんだ。
「かんぽっくり、せんでもええ?」
「それはダメです。大事な条件です。」
「なんでやー、もうー!鮫島の癖に!」
2人は笑い合っていた。
気がついたら、喫茶店中から拍手が沸き起こっていた。マスターは泣いていた。
その後直子は本当に川原家の周りを一周した。走れる!と豪語したが、そこは寄る年並には勝てなかった。
鮫島は、川原家に八郎がいるのを見て、泣いていた。「よかった、よかった」と自分の復縁よりも喜んで泣いていた。
武志の事も、遅くなってしまったけど自分がドナー適合あるか調べて欲しい!と懇願していた。
そんな鮫島の姿を見て、直子は心の中でぎゅっと手を繋ぎ直した。
私が、心の中で手を離さなかったらええねん。
小さい直子が、そう言っていた。
あとがき
鮫島君は、本編での登場回数は少ないのですが、とても重要な役柄でした。そんな鮫島と直子のその後を書きたくて、書いてみました。
この様に私の妄想を掻き立ててくれる朝ドラスカーレットにお礼を言いたいです。
なお、これは私の完全なる妄想なので、本編とは全く関係がありませんので、あしからず。
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