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焚き火1

暗闇に浮かぶ白い物体が二つ。
あいつだ。
あいつがいつも俺のことを見張っている。
お前だけ幸せになるなんて許せない。
そりゃそうだ。

俺があいつを殺したんだから。


熾火に薪を入れて火をつける。
パチパチと燃え上がり始める火を見つめながら、隣でお湯を沸かし、コーヒーを淹れる。
コーヒーを一口飲み、山を見あげる。
うっすらと山の影が浮かび上がってきた。

「そろそろだな』

俺は日の出を待っていた。
山がどんどん明るくなり、山肌がピンク色に染まる。オレンジに変わったかと思うと、朝日が顔を出してきた。

朝日を見るとホッとした。
夜が明けるから。

ただ、夜が明けるのを待っているだけだった。
眠れないのだ。
俺は夜うまく眠ることができない。
睡眠薬なども使ってみた時もあったが、いつの間にかやめていた。

眠ろうとすると、山肌についたスキーのエッジの跡が割れる光景と、暗闇に光るあいつの眼光が瞼の裏に浮かび上がってきて眠れなかった。

これは俺の罪なのだ。
そう思ってしっかり眠ることを諦めた。

なので、夜が明けると安心した。
あの暗闇で光るあいつの目から逃れることができるから。
その安心感を得たくて、おれは休みの日は大抵山に篭っていた。

週末仙人のような生活をしている俺は、平日も陰のように暮らしていた。
なるべく人と交わらず、心を交わさずそっと暮らしていた。

飲み会に誘われることもあったが、断ることがほとんどだったし、週末は一人でキャンプに出掛けていることは周囲も知っていたので「変わってるんだよ、あいつは」という立ち位置が確立していたため、周囲からも一線を置かれていた。

「あ、落ちましたよー」

そう後ろから声をかけてくれた女性がいた。そんなに大きくないうちの社内で見たことがない女性だった。

「あ、ありがとうございます」

鍵を落としていたのだ。
だが、拾ってもらった鍵を受け取ろうとしたが、なかなか渡してくれなかった。

「あの…」

「ねえ、これなんですか?!」

女性が興味津々で聞いてきた。自分のことを知っている社内の人間なら、確実に絡んでこないだろうに、邪険に扱おうかと思ったが、なぜかそれができなかった。

「ファイヤースターターです」

「ファイヤースターター?!って、火打ち石!すごい!持ってる人初めて見た!
火、起こせるんですか?!」

「あ、はあ、まあ…」

「へぇー!今度教えてください!興味あるんです!
あ、すみません。先日から入った山根花実って言います。以後よろしくお願いします」

そうハキハキと挨拶して、山根さんはニコリと笑った。
俺はその笑顔に吸い込まれそうになった。

吸い込まれそうになったが、俺はその思いを自分で火種に水をかけるように打ち消した。
だが、一度ついた火種はなかなか消すことができず、気がつくと彼女、山根さんを視線で追いかける自分がいた。

なぜこんなに気になるのか分からなかったが、山根さんの笑顔を見るとそれだけで心が暖かくなった。

そんな感じなので、山根さんに話しかけられるとついつい答えてしまう自分がいた。
周囲は「山根さん、太川さんに関わるなんて、勇気あるよね。冷たくない?あの人変わってるでしょ」と余計なお世話だわ、という忠告も受けていた。

「えー?変わってるけど、面白いよ。私変わってる人好きなのかもw」

当の本人は意に介していなかった。

山根さんは田舎育ちで、裏山をよく登ったのだと話してくれた。

「智也くんも山、登るんでしょ?」

「登るけど、レベルが違うから」

「わー、暗に連れてかねえぞっていうバリア張られたわあ」

山根さんとは不思議と会話が苦ではなかった。むしろ、心が躍ったし、その笑顔を見ていたいと思っていた。
でも、次の瞬間、暗闇で光るあいつの目が光る。

だめだ。
何をぬくぬくと幸せを感じているんだ。
俺は必死に山根さんとの距離を取った。

ある日、俺はかなり大きなミスをしてしまったが、山根さんがすんでの所でミスに気づき、回避してくれた。

「本当にありがとう。助かりました」

心の底からお礼を言った。きっと、他の人たちは俺のミスなんてそのままにしただろう。自分が招いた人間関係とはいえ、こう言うときは親しい人がいてくれて有難いと思った。

「何かお礼が欲しいなあー」

「はい。ご飯でもなんでも奢ります」

「じゃあ、キャンプ連れてって」

「え?今、冬ですよ」

「智也くんは冬でも行ってるんでしょ?」

「行ってるけど…」

「じゃあ、連れてってよ。あ、私道具も何もないんでよろしくお願いしますね」

訳がわからないが、渦に巻き込まれるように2人でキャンプに出かけることになった。

だが、俺の心は踊っていた。
車中の調子が外れた山根さんの歌も可笑しかったし、ソロテント2つ並べた時に「貝殻みたい可愛い」という山根さんが可愛かったし、いつもは一人で食べる夕食も山根さんとだと美味しく感じた。

こうやって1人以外で外で食事をしたのは、悠太が死んでから初めてのことだった。

あれから俺は、ずっと一人だった。

それでいいと思っていたのに、俺は今日、2人で何かをする楽しさを思い出してしまった。

「あのさ」

山根さんが、喋り出したのはそんな時だった。


あとがき
松下洸平さんのインタビューや歌に触れているうちに、何故か今回のお話を思いつきました。
今回は珍しく完全オリジナルです。
もう少し続きますので、よかったらお付き合いください。


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