【短編小説】星を探す旅1~松下洸平「ハロー」より~
満点の星空の元で出会った俺たちは、今、星空の見えにくい空の下にいる。でも、だからこそ、何もない空から一つの星を見つけ出せる、そんな君となら、俺はずっと一緒にいたい。
当然のように思ったし、そう誓ったんだ。
「あ!八代さん!星が見えたよ!」
そう叫んだのは、東京の空はやっぱり星がなかなか見えないと、ひよりちゃんが寂しそうに呟いた後だった。
波照間島から上京してきたひよりちゃんは、児童心理学を学ぶために働きながら学校に通っていて、俺も相変わらず忙しくしていており、そんな中で時間を見つけて会った帰り道だった。
「ほら!」
そう嬉しそうに大きな声をあげるひよりちゃんの指先の向こう側に、確かに光り輝く点があった。
でも…
「………あれ、飛行機だよ」
俺は笑いを堪えながら、訂正した。
「あれ?あ、本当だ。動いてる…」
空には、ピカピカと点滅しながら飛行機がゆっくり移動していた。
あんなにわかりやすく点滅してるのに、それを星と思うなんて、面白いなあと俺は大笑いしようとしたら、あれだけウキウキして空を指差したひよりちゃんの指が、居所が無いように、宙に浮いてしまっていた。
俺は宙に浮いたひよりちゃんの指を絡め取り、そのままぎゅっと握った。星を見つけられなかったひよりちゃんが、宙に浮いた指と共にどこかに居なくなってしまいそうだったから。
俺は怖くなって、ひよりちゃんを抱き寄せていた。
ひよりちゃんは、時々、ふと遠くを見つめてそこに存在しないような時があった。
その顔を俺はよく知っていた。心に刻み込んでいたからだ。
あれは、波照間で二人で海に飛び込んだとき、悲しそうな目をして海を眺めていたときと同じ表情だった。
俺はひよりちゃんに出会ってから、色んな表情のひよりちゃんを見つめてきたし、それを一つ一つスケッチブックに書き残すように、抱きしめてきた。
怒ってる顔も、泣いてる顔も、笑ってる顔も、嬉しそうな顔も。
全部、全部抱きしめてきた。
だけど、だけどもこの海を見つめるひよりちゃんだけは、抱きしめても抱きしめても、するりと腕の間から抜けていってしまう。
何も解決されてはいないんだ。
それを、いつも突きつけられてきた。
今日も、星を見つけられなかっただけで、ひよりちゃんはひとりぼっちになってしまったようになってしまった。
どうすれば良いのか、いつもそう考えては答えに辿り着くことはなかった。
だって、これはひよりちゃんの問題であって、俺の問題ではない。
赤の他人の俺が、口を出して良い話題ではない。
赤の他人???
俺は赤の他人なのか?
いや、実際赤の他人なんだけど、ひよりちゃんは俺にとってかけがえのない存在になっている。俺もそうでありたいと思っている。
そう、2人で一緒に歩んで行けたらいいな、そんなことをぼんやり、いや、ハッキリと考える事もよくある。
何だか面倒臭い事になっているが、つまりは、俺は赤の他人だけど、肉親よりも近い存在でいたいんだ。
肉親よりも近い存在
そう思ったところで、自分の思考が胸にストンと落ちた。
ああそうか。
そう思うと、ひよりちゃんが俺を見つめているのがわかった。
「八代さん、あのね……お母さんにまた会いにいこうと思うんだ………一緒に来てくれるかな」
「うん。俺もね、それを提案しようと思ったんだよ。応援部隊として、俺、一緒に行くよ」
次の休みに合わせて、俺たちは、沖縄名護の喫茶店にいた。
ひよりちゃんのお母さんと待ち合わせをしていたからだ。
久しぶりの沖縄の熱気を纏って、早めに着いた俺たちは2人でアイスコーヒーを飲んでいた。
「…前に来た時は、お母さんに会ったの?」
俺はそっと質問をしてみた。
ひよりちゃんは首を横に振る。
「ここだって言う住所の前で待ってたら、子供達を連れてお母さんが出てきたの。すごく笑ってて、それで怖くなって帰ってきちゃった」
「そっか…」
その時のひよりちゃんの気持ちを思うと俺は居た堪れなくなった。
勇気を振り絞って海を渡ってきたのに、結局は海を見つめ続けたあの幼い日々を波照間に置いたままになってしまったのだから。
俺はテーブルの下で、ひよりちゃんの手をぎゅっと握った。
ひよりちゃんに俺の体温が伝わるように、そう思いながら、強く握った。
そうしていると、目の前に女性が立っていた。
「あ」
そう短くつぶやいて、ひよりちゃんが息を呑んで俺の手を力強く握り返してきた。
お母さんであることは明白だった。
とても、良く似ていたからだ。
お母さんは喫茶店のボックス席のベンチソファの端っこにちょこんと座り、すぐにやってきた店員に手短に注文をして、所在なさげに髪の毛をいじっていた。
「で?何しに来たの?」
挨拶も無しに、お母さんはそう言い出した。
「…会いに…」
ひよりちゃんは俯いたまま、そう言葉を絞り出した。
「今になって?どーして?私になんか会わなくたって、あんたは立派にやってるんでしょ?今東京だっけ?ああ、あれか。文句言いに来たのか。そりゃそうだよね」
捲し立てるようにお母さんは話し続けた。
「でも誤解しないで欲しいんだけど、あんたに会うなって言ったのはおじいなんだからね。私は悪くないのよ」
「…悪くない?」
「そう、私は、悪くない」
「……嘘、ついたじゃない」
さっきまで俯いていたひよりちゃんは、キッと前を向いてお母さんにはっきりとした口調で言った。
「お母さん私に言ったよね?『良い子にしてたら迎えに来るから』って。私ずっと待ってた。待ってたんだよ。待ってたのに、帰ってこなかった。嘘つきだ!」
お母さんは相変わらず髪の毛をいじりながら、横を向いて、こっちを見ようとしなかった。
「…それは、あんたが良い子じゃなかったからじゃない?」
お母さんの言葉に、ひよりちゃんがカッとなり、それと同時に、繋がれているはずの手から、ひよりちゃんの体温がどんどん遠のいていくのがわかった。
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