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つよがりの後悔(前編)

はじめに
これは、朝ドラスーレットを元にした私の妄想小説です。
今回は、信楽を去る前の喜美子と八郎のお話です。

八郎が信楽を去る。
喜美子は妹の百合子から、そう聞かされた。

「なんでなん?なんでお義兄さん、出て行かなあかんの?お姉ちゃんは、お義兄さんを失ってまで、なにを目指してるの?」

目に涙をいっぱい溜めて、百合子は喜美子にそう訴えた。

そう言われても、喜美子にも皆目見当がつかなかった。
自分としては、穴窯を成功させたことで、やり遂げた気持ちだけだった。
陶芸家としてこれからやっていく自信もついた。

これで陶芸家としてハチさんと肩を並べることができる。

そうも思っていた。

なのに、なぜ?
なぜ私から離れていってしまうのか。

いつの間に、自分たちはこれほどまでにすれ違ってしまったのか。

すごいな、すごいな、すごいな、喜美子

そう褒めてくれたではないか。

喜美子は今まで自分がこだわって夢中になって取り組んでいた穴窯が、結果、八郎を失うことになることを初めて実感し、いてもたってもいられなくなり、窯業研究所に行った。所長の柴田が、八郎の行き先を斡旋したと聞いたからだ。

「ハチさんとの約束もあるし、私からは言えんよ」

なぜ信楽を離れるのか、喜美子に詰め寄られた柴田はそう答えた。

喜美子は当然納得しない。

その姿を見て、柴田は少し考えこんだ。

八郎は明言しなかったが、自分が信楽にいることで喜美子の足かせになる事を嫌がり、出て行くことを決心したと柴田は汲み取っていた。
そこに、八郎の喜美子に対する夫としての深い愛情と同時に、陶芸家としての八郎自身の落胆を感じた。だが、喜美子には言えなかった。それが、八郎のプライドだと思ったからだ。

だが、この二人のお互いへの愛情を体で感じていたので、このまま別れることに柴田は、純粋に二人が気の毒だと思った。

「これだけは言えるよ。ハチさんは、喜美子さんの事を思ってはる。それだけは確かや。でも、だからなのかもしれんよ」

これが柴田に言えるすべての言葉だった。
喜美子は柴田にお礼を言って、研究所を後にした。とぼとぼと歩く帰り道。

家に向かう大きな曲がり角に差し掛かる所で、喜美子はここで八郎に思いを告げた事を思い出した。生まれて初めて異性と心が通じ合ってうれしさのあまり泣いてしまった事も、同時に思い出した。

あれだけ愛した八郎を自分は失うのか?

自分が穴窯をやり通した事が間違いだったのか?

自分の陶芸家としての気持ちを押し通した事で自分は八郎を失うのか?

自分はそれでいいのか?

陶芸家の喜美子。女性の喜美子。今はどちらを優先するべきなのか?

考えれば考えるほど答えは遠のいて、喜美子はその場に座り込んだ。

八郎を失ったら自分は生きていけない。

いつもそう思っていたのに、それが現実となってしまうかもしれない今、自分は動けないでいた。

「喜美子?」

顔を上げると目の前に八郎が立っていた。

「ハチさんや・・・」

「どないしたん?涙流して」

喜美子は自分でも気づかないうちに涙を流していたらしい。

「ああ、今ここでな、盛大に転んでしもて。すこーんとな。あまりに痛くてちょっと泣いてただけや」 

涙の原因の八郎に指摘されて喜美子は思わず噓をついてしまった。

いつもの八郎であればそんな喜美子の言葉に「あほやなあ」と笑顔で返してくれるはずだが、今日はただ、ただ喜美子を見つめていた。

⁂⁂⁂⁂⁂⁂

八郎は突然目の前に現れた喜美子に動揺していた。
本当は何も言わず信楽を去るつもりだったが、やはり一目喜美子と武志に会ってから旅立ちたいと思って川原家に足を運んだ。

だが、実際は二人とも不在だった。

残念な気持ちの反面、会わずに済んだ。というほっとした気持ちもあった。
会ってしまったら決心が鈍る。そう思ったからだ。

なのに、今、目の前に喜美子がいた。
八郎は動揺して喜美子の冗談にも笑えずにいた。

動かしようのない空気が二人を包んでいた。


あとがき
松下洸平さんの「つよがり」という曲を聞いて、スカーレットの八郎と喜美子はつよがりの塊の話だなと思って今回の話を思いつきました。
このように私の妄想のもとになってくれる朝ドラスカーレットに改めてお礼を言いたいです。
なお、このお話は完全に私の妄想であり、本編とは全く関係がありませんのであしからずです。
後編にお話が続きますので、良かったら読んでください。

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