焼飯

はじめに
これは、朝ドラスカーレットを、元にした私の妄想小説です。
今回は、以前書いた「握手」の続編です。


「嫌です。」

珍しく草間がキッパリと拒否をしている。
「ええやないですか。減るもんでもなし。」
「ぜったい、嫌です。」

ちや子は草間の家にいた。
大阪で再会してから、東京に用事に行く度に草間と連絡を取り合い、食事をしたりしていた。
そんな流れで少しずつ距離が縮まり、今は、草間の家で会うようになっていた。

草間が料理を作ってくれると言うので、ちや子は焼飯をリクエストした。
草間は、よりによってそれなのか。と言う顔をしてキッパリと「嫌です」と断った。
「ええやないですか。お願いします。」
ちや子は、草間が焼飯を嫌う理由をちゃんと聞いていて、その上でお願いしていた。決して意地悪ではない。
昔の奥さんとの思い出が、辛い思い出に上書きされてしまっている事がもったいないと感じたからだ。

「私と会うの、楽しいです?」
ちや子が尋ねる。

なにを突然この人は聞くのだろう、と言う顔をしながら、
「はい。それは、この歳でこんな楽しみを感じるとは思いませんでしたが、楽しいです。」
実直な草間らしく正直に答える。

「それじゃあ、焼飯、作ってください。」
「ムチャクチャですよ…。」
草間は半ば諦めたようだった。

よっしゃ、もう一押し!ちや子は、スーパーの袋を草間の目の前に置いた。
「はい!この中に焼飯の材料が入ってます。作り方もメモしてきました。」
材料を広げて、どうぞ!と言わんばかりの顔をした。

草間は、なぜこんなことに…と思いながら、材料を手にした。
「はい。じゃあ、一緒に作りましょ?」
「え?庵堂さん、一緒に作ってくれるんですか?」
「ええ。だって、私といると楽しいんでしょ?
じゃあ、一緒にやったら楽しいじゃないですか。」

草間は一本取られた、と言った表情をしながら、腕まくりをした。
「それじゃあ、よろしくお願いします。」

二人はメモを見ながら焼飯を作り始めた。
やってみると、ちや子よりも草間の方が数段包丁使いが上手く、丁寧だった。
「はい、次この材料ください。」
いつの間にか、ちや子はアシスタントになっていた。

「写真に収めたいな。」
2人で並んで料理をする今の場面を客観的に見て、ちや子は写真に収めたいと思った。

ちや子と草間とは、穏やかな、日向のような時間が流れていた。お互い、恋と呼ぶには恥ずかしすぎる年齢でもあり、お互いの存在を
『人類愛のなせる技』
と呼んでいた。
そんなくすぐったい言葉が身体中で喜びとなる、そんな関係を築けていた。

正直な話、2人に残された時間はあまり長くない。その自覚があるからこそ、今を大切にしている。なので、そんな人類愛のなせる技の結晶を写真という物に収めてみたかった。
ちや子は、三脚を持ってきてカメラを立て、アングルを合わせた。草間は何をするのか分かっていたが、あえて聞かずニコニコしながら包丁を使っていた。
「おーい、アシスタントさん、卵かき混ぜてくださいよー。」
ちや子は呼ばれ、アシスタントとして草間の隣に並んだ。草間の腕前により、無事焼飯は完成した。

ちや子は、焼飯をひとつのお皿に盛りつけた。盛りつけたかと思うと、テーブルに運び、いただきます、と一人で食べ始めた。
「おいしい!!」
食べ続けるちや子を草間は呆気に取られて眺める。
「一緒に食べるんじゃないんですか?」
「だって、草間さん、焼飯嫌いでしょ?無理して食べなくて良いですよ。作ってもらいたかっただけですし。
ひゃーこれは美味いわ!」
そう言って食べ続けるちや子を見て、草間は駆け寄るようにテーブルに座り、ちや子の蓮華を奪って焼飯を口に入れた。

「あれ?美味しい…。」

ちや子は、ニヤリとしながら蓮華を取り返した。
「おかしいなあ〜草間さん、焼飯が嫌いなはずなのに、おかしいなあ〜。これは、2人で作るから、美味しいのかな〜」
わざと大きな声で草間に問いかけた。
草間は、ふふふ、と下を向いて笑った。
「本当ですね。今までなんだったんだろ。焼飯って、美味しいですね。」
「焼飯が美味しいんですか?」
「はい。」
「ちょっとー!そこは、庵堂さんと作るから!って言葉にするもんでしょうよー。」
ちや子は不満気に言う。
「ははは、そうですね。庵堂さんと作るから、美味しいです。」
実直な草間らしい言葉が再び出たところで、2人で仲良く焼飯を食べた。

この実直な草間に触れる度に、ちや子はお腹の辺りが暖かくなるのを感じていた。
その度に、宝箱にしまっておこう。この時間を大切にしよう、そう思うようになっていた。

今まで忙しさのあまり、自分の時間など取る暇がなかったが、こうやって捻出するようになって不思議と時間の使い方が前より上手になり、普段の仕事にも良い影響が出るようになった。これが、ワークライフバランスというものなのか、とちや子は実感していた。

1週間ほどして、ちや子は草間に手紙を書いた。
先日のお礼と、焼飯が美味しかった事。
無理やり作らせたのは、奥さんの思い出を辛い事で終わらすのはもったいなかったから。
でも、食べてくれて嬉しかった、また作りましょう。と綴り、あの時撮った写真を添えて送った。
写真は2人で並んで料理を作る後ろ姿にした。それが、今のちや子たちの雰囲気に一番合っていると思ったから。

自分たちの時間がいつまで続くかわからない。だからこそ、話すことはしっかり話し、伝えたいことは素直に伝えるようにして、お互いの気持ちを確かめ合いながら2人の日々が続く事を祈りながら、手紙に封をした。

丁寧に、丁寧に、封をした。


あとがき
本当は、ちや子さんと草間さんの恋愛は書く気がなかったのですが、握手を読んでくださった方が、そう言う関係の2人も見てみたい。と言ってくださったので、書いてみました。
この様に、私の妄想を掻き立てくれる朝ドラスカーレットに改めてお礼を言いたいです。
なお、これは私の完全なる妄想です。本編とは全く関係がありませんので、悪しからずです。





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