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愛敬

これはこまつ座の舞台闇に咲く花のサイドストーリーです。
[舞台あらすじ]
愛敬稲荷神社の宮司牛木公麿は、戦争で一人息子健太郎を亡くしていた。そんな神社のお面工場では、夫を亡くした5人の女性達が働いていて、貧しくも力強く生活していた。そんな中、死んだはずの健太郎が帰還し、元々好きだった野球選手に復活することを夢見ていたが、戦地のグアム島で起きた些細な出来事がC級戦犯とみなされ、収監されてしまう事となる。
戦争とは何か?何が戦争なのか。平和とは何か?何が平和なのか。
そして神社とはどうあるべきなのか?から、政治と世相を切り取った舞台です。
今回は、その登場人物の中の鈴木巡査のお話を妄想しました。
[登場人物]
牛木公麿…愛敬稲荷神社の宮司。神社に置き去りにされていた健太郎を息子として育てた。
牛木健太郎…プロ野球にエースとして所属していた。グアムで戦死したと報じられていたが、記憶喪失で捕虜として生きていて、記憶を取り戻し帰還する。喜びも束の間、グアムで島民と野球をしていた際に怪我をさせてしまい、それがC級戦犯と見なされ収監、処刑されてしまう。神社とは小さな花であるべきだと父親に問うてグアムに旅立った。
権太郎・愛太郎…共に神社に捨てられていた混血の赤子。後に牛木公麿の養子になる。

「愛太郎と名付けたらどうだろう、父さん」

それは健太郎がグアムに収監されてしまう、その朝の出来事だった。
お腹いっぱい食べなきゃダメだ、と朝から繁子さんたちが差し入れを持ってきて、お腹が膨れ上がるほど食べた、その後だった。
正直なところ、自分も健太郎も食事が喉を通らない日々だったが、みんなが食べろ食べろと押し付けてきたものだから、2人で無理して食べて、食べ物が通らないどころか、喉まで詰まってもう食べられない。そんな状態だった。

2人でちゃぶ台を囲みながら傍でスヤスヤと眠る赤子を交互にくすぐりながら、健太郎は「愛太郎と名付けたらどうだろう」と言った。

「この2人は神の子なんだよ。神様が、この神社に遣わしてくださった、大切な花。ほら、この子達が笑っているだけで、こんなに心が穏やかになる。愛敬神社の子だから、愛太郎。きっと、愛されます。混血児だろうがなんだろうが関係ない。この子たちは、花だから。花は、心を穏やかにするからね」

くすぐられて笑みを浮かべる赤子を見て、健太郎は微笑んだ。

そして

「2回も息子を見送らせてごめんなさい。親不孝な息子で申し訳ない」
健太郎は肩を震わしながら後ずさりし、頭を下げた。

私は後ずさりした健太郎を引き寄せて力一杯抱きしめ、おいおいと大きな声をあげて、泣いた。

「父さん。父さんがそんなに泣いてたら、叱られますよ?」
健太郎は笑いながら泣いていた。

「誰に叱られると言うんだ!大切な息子が、せっかく帰ってきた息子が、また私の前から消えていなくなるんだぞ?!それにな、お前が出征する時は父親が泣くなんて許されなかった。でももう戦争は終わったんだ。今は、何を言っても咎められないんだよ!だから私は泣くよ!大きな声をあげて泣く!濠端まで届くように泣いてやるさ!」
そう言って私は、再び大きな声をあげて泣いた。

「はははは、平和の太鼓よりすごいや」

「あんな太鼓!子供騙しの太鼓なんかに負けてたまるか」

「何かの競争になってしまっているよ、父さん」

「いいんだ。競争だろうが何だろうが、良いんだ。私は牛木健太郎の父親だ。牛木健太郎は私の大切な息子だ。ただそれだけなんだよ。それを、大きな声で、どこまでも届く声で言いたいんだよ」

「そうか、僕は、牛木健太郎だものね。父さんの子供に成れて良かった。良かったよ」

そういって、二人で大きな声で泣き合った。

その日、健太郎はグアムに収監された。
健太郎が収監された後も、感傷にくれる間もなく自分の身の振り方を考える必要があった。
自分は神社を離れ、只の人になる。只の人になって、ひっそりと健太郎の事を考えながら生きて行こう。そう決心していたのに、鈴木巡査が大闇をやってのけて、自分に降りかかっていた借金問題があっという間に解決してしまい、神社を手放さなくて良くなった。

「愛太郎という名前はどうでしょう」
副宮司を務める事を決意してくれた鈴木君が、境内で赤子を抱きながらそう言った。
その時「愛太郎と名付けたらどうだろう」と同じことを言った健太郎を思い出した。

なんてことだ。
健太郎が私に託した願いを、私はまた忘れてしまっていた。
せっかく健太郎が、私に命を賭して教えてくれたことなのに。
「いったい何人の人がここか戦地に旅立ったのか。一体ここで何人の死体を焼却したのか。思い出して下さい!!」
健太郎の慟哭を自分の体から必死に絞り出した。
私は気が遠くなった。 正直あの頃の事はもう思い出したくない。
神道とは何かを問う間もなく、世相は変わり、思想も変わった。それに合わせる事で精一杯だった。そうするしかなかったのだ。

「きゃきゃきゃ」
権太郎と愛太郎の笑い声が交互にこだました。

育てよう。とっさにそう思った。
自分の息子としてこの二人を育てる事が、健太郎が言った『それらの人に詫びる』事になるのではないか。

私は権太郎を力の限り抱きしめる。
権太郎から花の香りがした。
私は境内の奥を見る。
杉林が「ごう」と音を立てて揺れていた。

「ゆりかごの様だな」

空を見上げる。
久しぶりに青空と、蝉の声、風の音が全身に降り注ぐのを感じた。

ゆりかごのような神社にしよう。公園であり、喫茶店でもあり、公民館にもなる。
どんなものでも穏やかに受け入れる……
神社に成ろう。

そう心に決めた途端、健太郎からボールが飛んできた。
それを私は笑顔で受け取る。
「父さん、任せましたよ」
健太郎も笑っていた。

「そうだ!鈴木君の名前も考えないとな!」
私は権太郎を抱いたまま振り返り、愛太郎を抱いている鈴木君と境内を歩き出す。
後ろを振り向くと、小さな花が咲いていた。(おわり)

あとがき
こまつ座の「闇に咲く花」を観劇しました。健太郎がグアムに収監され、処刑されたであろう最後の場で、幕が開いた瞬間青空が広がり、それこそ「清々しい」と言う言葉を体現しているような青空でした。その下で愛太郎にミルクを飲ませている公麿さんの顔は、神社の顔になっていました。
その表情に引き寄せられて、今回のお話を書きました。
とても不思議な舞台で、内容は笑えながらも、苦しく、切なく、心の中に何かがずしんと残る、そう言う内容で、決して「たのしかったー!」と言える舞台では有りません。
でも、こまつ座を去った瞬間から、あの神社に戻りたい。あの神社の人々に会いたい。そう思える舞台でした。
松下洸平さん目当てに観た舞台では有りましたが、本当にそれどころではなく、舞台に上がるすべての人々の人生が垣間見えて、主役だと思えました。
 とても、とても素晴らしい舞台でした。
 なお、このお話はわたしの妄想であり、こまつ座さんのお話とは全く関係ありませんので、悪しからずです。

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