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短編小説:じゃがいも(2)~ドラマ9ボーダーより~

北海道に留まると宣言したコウタロウさんを、私は状況が掴めず、ボーっと見つめた。

「びっくりしますよね。自分でもびっくりしてます。あの、踏み込んだ事を言いますが、聞いてください」

私はしっかりとコウタロウさんを見つめた。

「これから、広大さんを引き取って、葬儀告別式など行うそうです。きっと、その場に集まる人達がお母さん……?奥さん?えーと、なんて呼べば良いかな。こういう時の選択肢が苦手で」

「みどり」

私は少し笑いながら、自分の名前を小さく告げた。
コウタロウさんは、そっかみどりか、と私の名前を咀嚼するように頷いた。

「みどりさんはきっと、色んな人から心配されると思います。声もかけられるだろうし、そういう目で見られると思います。でも、これからの数日間は、みどりさんたちご家族は広大さんとしっかり時間を過ごしてもらいたいんです」

それと、コウタロウさんがなんの関係があるのだろう。
私は理解に苦しんだ。

「全くの赤の他人の僕がそういう場にいたら、すごく目立ちますよね?こいつ誰だ?って。そういう役を引き受けようかと」

私はやっと、コウタロウさんが、私たちの盾になろうと提案していることに気付いた。

「そんな…そんなご迷惑、おかけする訳にはいきません。さっきお会いしたばかりの方なのに」

「さっきね、旦那さん、えーと、博紀さんからどれだけ広大さんを探し回っていたか、少しだけ聞いたんです。ものすごい探し回ってたんですね。だから、頑張って探した分、しっかりお別れして欲しいんです。大事な、大事な広大さんですから」

頑張ったね。
そう言ってもらった事が思いがけず、私はベッドに横たわったまま、また泣き出してしまった。
コウタロウさんは、ティッシュボックスをどこからか調達してきてくれ、私に手渡してくれた。

「僕、目が覚めてから出会う人みんな初めましてなんで、知らない人の中に飛び込むの全然平気なんです。それに、道端で弾き語りなんてしてるから、度胸もあるんですよ?全くの赤の他人ですけど、僕、誰とも今、全くの赤の他人なんで、その辺は気にしないで下さい」

そう言ってコウタロウさんはにっこりと笑った。
その笑顔が、あまりにも無垢で、私は吸い込まれるように「お願いします」と告げていた。

⁂⁂⁂⁂⁂⁂⁂

「わーーーーーーあ、ひろーーーーーーーい」

自宅に向かう車の窓を開け、コウタロウさんが感嘆の声を漏らした。

「すごいですねえ、これ、全部畑?!」

「そうだよ、ちなみにこれはジャガイモになる予定の畑。うちの畑だよ」

「え?!これ全部みどりさんの畑?!……先が見えない…」

「そんな訳ないでしょ」

「そんな訳あるよ!!」

まるで広大のことなんか無かったかのような会話が、車内では飛び交っていた。
でも、自宅に着いてからは現実が押し寄せてきた。

葬儀屋さんとの打ち合わせ、親戚への連絡。
次々と集まる親戚や近所の人たち。
みんな私に気を遣っているのが痛いほどわかった。

そんな中に、コウタロウさんは、ただ居てくれた。
コウタロウさんの言う通り、そこに集まる人は見慣れない広大に似た人物の登場により、そちらの方が気になるようで盛んに話しかけられていた。

「所であなたはどなたさん?」

「僕、コウタロウって言います。東京から来ました」

「広大によく似てるよね」

「その縁でここにいます」

こんな会話をにっこりと笑って居てくれた。

同級生が集まってくれた時も、みんな神妙な面持の中、コウタロウさんが「広大さんは学生時代何が好きだったの?」とぽんと聞いたことから、そういえばあいつはギターが好きでバンド組んでたよな、と言う話になり、なぜかそこからカラオケ大会が始まり、みんな「わはは」と笑いながら昔話をしていた。

「広大は決して目立つタイプじゃ無かったけど、こう言うお祭り騒ぎには必ずいた。そう言う意味ではやんちゃだったよ」

と、最後には大号泣大会になり、みんなそれぞれ「なんでだよ!」と広大に怒りをぶつけて泣いて笑って、忙しい時間だった。

そんな中に、コウタロウさんがいてくれた。
ただ、居てくれ、みんなの言葉を聞いて、引き出して、受け止めてくれていた。

まるで、コウタロウさんの居る所だけ、たんぽぽが咲いているかのように、ほっこり温かく、それに吸い寄せられるようにいつの間にか、コウタロウさんは人に囲まれていた。

夜になり、人がいなくなった頃、孫の翔太がいつの間にかコウタロウさんの膝の中で寝てしまっていた。

「知らなかったな」

ポツリとコウタロウさんが呟く。

「子供って、こんなにあったかいですね」

その言葉を聞いた瞬間、この翔太の温もりを手放した広大が許せなくなり、私は広大の棺をバンバン叩き出した。

「本当にこの子は!!こんな可愛い翔太を置いて!なんで!どうして!!1人で勝手に逃げたの!!」

棺を叩く事に疲れた私は、そのまま、棺にもたれかかり動けなくなった。

「本当はわかってるの……私達親がもっと広大に寄り添ってあげれば良かったんだって…広大は結婚して札幌に住んでいてね。翔太が生まれて1歳になる頃、美希ちゃん、広大のお嫁さんが出てっちゃってね。でも、広大、ずっとそれを私たちに黙ってて、1人で頑張ってたのよ」

「黙ってたんですか」

「そう、黙ってた。きっと、私たちに言うのはプライドが許さなかったんだろうね。私たち、2人の結婚に反対してたから」

私は大きなため息をついて、むくりと起き上がった。

「美希ちゃんは、ちょっと心が弱くて、自分の事しか出来ない子なのよ。そんな子が結婚生活、ましてや子育てなんて出来るわけないって、私達ずっと反対してて。だから、美希ちゃんが出てっても、私たちに頼れなかったんだと思う。美希ちゃんが出てったことは、何となく聞いてたんだけど、私たちも広大から言ってくるまではって意地張って連絡しなかったのよね」

コウタロウさんは、黙ってた耳を傾けてくれていた。

「こっちに帰ってきた時には、色んなプレッシャーで広大自身も壊れちゃってて…でも、私達、優しくしなかった。出来なかった…くだらないプライドの為に……ごめん、ごめんね。広大ごめんね。こんな親の元に生まれたお陰で、辛いことばかりだった…」

私はさっきまで叩いていた棺を撫でながら、ごめんなさいを繰り返した。

「♪僕は知ってるよ ちゃんと見てるよ 頑張ってる君のこと ずっと守ってあげるから 君のために歌おう」

コウタロウさんが突然優しく歌い出した。

「え?なに?そのうた」

「広大さんは、逃げてないよ」

「え?」

「広大さんは逃げてない。それこそ、自分のことを後回しにしながら一生懸命やったんだよね、きっと。確かに辛かったと思う。死にたいくらいなんだもん。その一生懸命が過ぎて、自分で命を止めることを選択したのかなあ…って」

「……一生懸命過ぎたって事?」

「うん。何となくわかるから」

コウタロウさんは少し遠い目をした。

「それにね、みどりさん達がダメなわけないよ。こうやって色んな人の話聞いてたけど、みんなどれだけみどりさん達が心を折って、心配していたか知ってたもん。広大さんだって、頼れると思ったから帰ってきたし、翔太くんを置いて行った。翔太くん道連れにしなかった」

私は、眠る翔太を見つめた。翔太はコウタロウさんの膝の中で安心し切った顔で眠っている。

「♪僕は知ってるよ ちゃんと見てるよ 頑張ってる君のこと ずっと守ってあげるから 君のために歌おう……みんな、みんな頑張ったんだよ。だから、広大さん見つかったしね」

コウタロウさんは何だか優しい歌をずっと歌ってくれていた。
私は悲しいけれど、辛いけど、悔しいけど、ずっと言えなかった言葉を広大にかけていた。

「おかえり、広大」

コウタロウさんの優しい歌声が、ジャガイモ畑に囲まれた我が家に優しく響いていた。(続く)

あとがき
これは、ドラマ「9ボーダー」のサイドストーリーです。
記憶喪失のコウタロウが、家族かもしれないと連絡を受けて北海道を訪ね、何の連絡もなくしばらく帰ってこなかった第3話から、妄想しました。
これは私の完全な妄想であり、本編とは全く関係がありませんので、ご了承下さい。
もう暫く続きます。
お付き合い頂ければと思います。

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