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半貴石――特に先史古代のラピスラズリ

 世界で最も尊い宝石は何だろう。
 まず思い浮かぶのはダイヤモンドだろうか。天然に産する物質としては、地球上で最も硬い石である。
 しかし、ダイヤモンド鉱山は世界各地にいくつもあり、無色透明のダイヤモンドの希少価値というのは、実際にはそこまでではない(特殊な条件下で生成される、カラーダイヤモンドであれば別だが)。

 希少価値が高い宝石として有名なのは、変色性を持つアレキサンドライトや、「宝石の国」の主人公としても登場したフォスフォフィライトなどだろうか。どちらも稀有な特性を持ち、産出量が少ない鉱物である。
 個人的にはゾイサイトの変種であるタンザナイトが好きだ。青紫色に発色する鉱石は希少である。


 さて。今挙げた鉱物は全て、透明度が高く、カットによって美しさを引き出され、光を反射して輝く石たちである。
 しかし、このような石の加工は非常に難しい。例えば、現在ダイヤモンドのカットの主流になっているブリリアントカットが考案されたのは、17世紀に入ってからである。

 では、先史古代での最も尊い宝石とは、どのような石だろうか?


 出土する装身具や祭祀具、副葬品に好んで用いられている石は、現在では半貴石と呼ばれるようなものが多い。トルコ石、翡翠、瑪瑙など、不透明~半透明で、強い色みを持った鉱物が、当時は好んで使われたようである。

 特に古代メソポタミアやエジプトで好まれた宝石が、ラピスラズリである。
 ラピスラズリと人類の関係は深い。
 装身具の素材としてだけではなく、美しい群青の顔料、ウルトラマリンの原料としても高値で取引された。有名なフェルメール・ブルーの発色は、ウルトラマリンによるものである。

 ちなみに、現代のウルトラマリンには、合成ウルトラマリンと天然ウルトラマリンがある。天然ウルトラマリンは生成に手間がかかるため、良質なものは現在でも高価だ。調べてみたところ、絵具屋三吉という画材店のオンラインショップで販売されているものを発見した。2022年7月現在、8グラム24200円である。こんな顔料をほいほい使っていたとなれば、フェルメールが貧乏暮らしであったのも納得だ。


 閑話休題。
 ラピスラズリは古代メソポタミアやエジプトで盛んに用いられたと書いたが、当時は同量の金と同じ価値として取引されていたようである。
 これらの地域にラピスラズリを供給した鉱山は、アフガニスタン、バダフシャーン地方にある。この場所から採れたラピスラズリは、ビーズ製品に加工され、イラン高原やメソポタミア、エジプトで珍重された。また、当時の都会ともいえるような都市部の遺跡では、ラピスラズリを使った象嵌ぞうがん製品も出土している。


 では、ラピスラズリが使用された実例を見てみよう。
 歴史に興味がないひとでも、おそらく一度は見たことがあるだろう。最も有名なファラオ、ツタンカーメンの黄金のマスクである。

Roland Unger - 投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=48168958による
(Wikipedia 
 ツタンカーメンより引用)

 黄金がふんだんに使われたこのマスクには、全面に群青色の縞模様が施されている。これらすべてがラピスラズリ……と言いたいところだが、大部分はファイアンスだ。

 ファイアンスとは、錫を釉薬に使った軟質の陶器を指す語彙である。この場合は、古代エジプトのケイ酸質の施釉陶器のことだ。まあ、平たく言えば綺麗な色の焼き物である。

 ラピスラズリが使われているのは、目の縁取り、眉、顎髭(顎の下についている謎の物体は顎髭の表現なのである)の部分のみ。そのほかの部分には、トルコ石(淡い青緑色)、カーネリアン(褐色)なども使われている。

 それにしても3300年前に作られたとは思えない、精巧な細工である。
 有名な少年王ツタンカーメンだが、在位の期間は短く、彼自身の権力が強かったわけではない。他の王族の墓と異なり、墓荒らしの被害を免れたため、このような遺物が後世にまで残っているのである。
 これを踏まえれば、より強大なファラオ……例えば、ラムセスⅡ世のような、栄華を極めたファラオの副葬品は、どんなに豪奢なものであったのだろうか。妄想は尽きない。


 ところで、ツタンカーメンのマスクのファイアンスは、ラピスラズリの代用品として使われていると考えられる。
 ということは、ちゃんとしたラピスラズリを使った部分は、特に重要な、高価な素材を使うべき場所、とも理解できる。

 古代エジプトにおいて顎髭は、冥府の王オシリス神とファラオが同質であることを示すアイテムである。そのため、ファラオたちは普段、例え女王であっても着け髭をつけていた。マスクの顎髭部分にラピスラズリを使った理由も、ここに求めることができそうだ。

 そのほか、ラピスラズリが使われていたパーツは、目の縁取りと眉である。人物表現のうち目の周りを重視するのは、珍しいことではない……が、このあたりは120%私の妄想になってしまうので、そろそろおしまいにしよう。

 



参考文献
工藤悠大 2015「イラン高原におけるラピスラズリ交易 ―後期鏑石器時代から前期青銅器時代にかけて―」『先史学・考古学研究』第 26号 65-80頁 筑波大学

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