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第1回 ウォータースライダー事件

年は2022年に変わり、正月も終盤を迎えた頃。
仕事から帰宅したばかりの私に、テツオ(父)が唐突に問いかけてきた。

“今日は何してたと思う?”

私はあまり何も考えずに
“…喫茶店とか?”
と答えた。

返ってきた答えはこうだった。

“プールや!”

……プール?
この雪の降る正月に…?

長い長い正月休みに飽き出したテツオは
1人プールに出掛けていたそうだ。

それで話が終わるかと思いきや、
ここからが本題だった。

テツオは急に参った…というような顔つきをして、こう切り出した。

“ウォータースライダー滑ったんやけど…”

……ウォータースライダー?
あのいつも子供が行列を作ってる…?
話はまだまだ続いた。

“思ったより滑らなくて、手をついて頑張って滑ろうとしたんやけど……ほんとびっくりした。
ある程度進んだところで小さな女の子が後ろから迫ってきてな、ぶつかったんやって。”

ん……!?
予想外の展開。
聞けばその女の子は、テツオが言葉を発する前に「私、待ち時間の秒数ちゃんと守りました…!」と必死に訴えていたそうで…。

テツオはとりあえず女の子を先に行かせて、
再び手をついて出口を目指した。
すると、また後ろから何かが迫る気配がしたそう。

今度は…女性…女の子の母親だった。

“ぶつかるー!って叫んで、ごめんなさーい!って叫んでなあ。
いやぁ…参った参った。”
と、テツオ。

あの筒の中でこの一連の出来事が起きたと思うと、なんとも言えないおかしさが込み上げてくる。

女の子も、女の子のお母さんも、まさか56のおじさんが待ち受けているとは思わなかっただろう…。

流石、我が父テツオ。

話が進めば進むほど予想を裏切られた、正月のウォータースライダー事件。

話を聞き終わり、ふと部屋の隅を見やると
ラックにぶら下がった真っ赤な水泳帽が、暖房の風にゆらゆら揺れていた。

ーーー おまけ ーーー

ちなみに、テツオはこの日ゴーグルを忘れたそうで、ちっともまともに泳げなかったらしい。

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