お店のサービスとSNS利用の難しさ
昨年の大晦日。御贔屓にしていた某創作和菓子店のSNSを見たら、たくさん商品が売り出されていて、「まだまだたくさんあるから、買いに来て~」と店主が呼び掛けていたので、地下鉄に乗って、わざわざ出かけた。
片道30分程度の時間なので、売り切れることはないだろうと思い出かけた。SNSを途中に確認しながら、売り切れたとはコメントが出ていないので、まだあるだろうと、最寄りの地下鉄駅を降りて小走りにお店へと急いだ。
結果として、何もほとんど残っていなかった。
店主に聞いたら、あの後あっという間に売れたとのこと。
売れ残っていた干菓子を薦められたが、あまりの言いぶんにあきれて、断って店を出た。店主曰くどうやらXだけでなく、フェイスブックにも載せていたらしい。
実はこの店、前にも何回か同じようなケースがあったのだが、まさか大晦日に同じ手を使うとは思っていなかった。
紹介されている商品を買いに来ている客に、売れ残りを薦めるのはどうなんですかと言いたい。というか、商品の完売をめざしているのでは?だから、お店に来て目当てのものがないなら、他の商品を買うだろうと思っているのではと、勘繰りたくなる場面が多々今まであったのだ。
なぜなら、品切れの告知をすれば、客はお店には来ることはない。告知しなければお店に来て、ついでに他の残っている焼き菓子などを購入するかもしれない。わざわざ来て、手ぶらで帰る人はあまりいないだろうから、購入する確率の方が高いからだ。
本人は悪気はないのだろうと思う。商売だから仕方がないのかもしれないけれど、それが何回も続くと、紹介した商品がせめて売れ切れた時点でSNSに「ありがとう、売り切れました」の一言を載せる誠意はないのだろうかと残念な気持ちになる。
客側としても、ちゃんと告知してくれれば、変にがっくりすることもなく、「まあ仕方がないかなあ、人気の店だものなあ」とあきらめることができるると思うのだが、どうだろうか。
そもそも、SNSのいい所は、速報性にある。「今」を知らせることができる、それを見て、見ている方は行動につなげることができる便利さだ。
今回のケースは中途半端な告知が、店主の予想を超えて広がり、かつ後始末をしなかったため、マイナスイメージだけが残ったのではと思う。
結局、この店は年を越すまで、「売り切れた」とのメッセージを上げることはなかった。売ることだけが目的だからで、それを見て、そのあとにお目当ての商品をわざわざ買いに、足を運ぶ客がいるかもしれないという想像力がないのだろう。
和菓子を作る創造力はあるかもしれないが、客の立場に立ち心配りをする想像力はこの人はないのだと思った。以後、その店には行っていない。
もともと、和風のパウンドケーキや寒天系のお菓子は美味しいと思っていたが、大手亡を使った創作和菓子は、正直ぼんやりとしている味だなあと思う事も多く、和菓子は外れのなさそうなものしか選ばなくなっていた。道明寺とかなら、外れはあまりないので商品がある時は購入していた。
店主の作成するチラシは面白いので読んでいたけれど、まあ買いに行かなくてもホームページで読めないこともない。最近はホームページも行っていないけど。
そもそも、お店の開店時間が会社勤めには向かない時間で休みの時にしか行けていなかったし、特に困ることもない。確か17時には店じまいだ。
たぶん有閑マダム(昔の言葉ですね)がお目当ての客層なのだろう。
最近はメディアにもよく取り上げられているようだし、私一人が行かなくても特に問題はない。あたりまえだけれど・・・。
私は将来、お店を経営する予定はないけれど、接客を伴う仕事をしていたこともあるので、客の視点でありながらも経営者なら自分ならどういう接客やサービスの提供をするだろうかと観察することが癖になっている。
店側にしたら、面倒な客だろう(まあ、めったにそれを振りかざすことはないけれど・・・。このケースは特別だった。大晦日であったことも影響していると思う。)
お店を大きくしたり、以前とは違う形でチャレンジし、それがうまくいくと人は、慢心して反省をしなくなる。
「商品がたくさんあります」と告知しても、いざお店には商品がないとなれば、それが何度も繰り返されれば、客はその告知を見ても、どうせすぐに無くなるのだろうと思うようになり、足を運ばなくなるかもしれない。
いわゆるオオカミ少年現象だ。
飲食店は3年持つと、4年目が壁だそうだ。この店があと3年、あの場所にあったなら、もう一度訪れてもいいかもしれない。
飲食店界隈の荒波にもまれた店主の変化を見てみたいと思うので・・・。