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現代の吟遊詩人 ジョルジュ・ムスタキ或る夜の出来事

今朝起きたら、「私の孤独」という歌が頭の中で鳴っていて、知らず知らず口ずさんでいた。この歌はテレビドラマのエンディング曲だったらしいが、私は知らなかった。或る日、ラジオから流れてきて、ひと聴き惚れをしたのだ。
アコースティックギターに乗せた、さり気なくも優しいメロディー。あたたかい男性の声が淡々と歌う。「私は決して ひとりぼっちじゃない  私の
孤独と一緒だから」という詩もカッコイイ。
歌っているのはジョルジュ・ムスタキ(1934~2013)。フランスの
シンガーソングライター。エジプト生まれのギリシャ人。17歳でパリに出てきた。ピアフによって見出された歌手の一人。
1976年、彼が来日コンサートで福岡にも来ると知り、Hくんと出かけた。まずイベント会社に電話をし、福岡空港への着時間を尋ねた。「えっ、
空港まで行ってくれるんですか。それはありがたい。」と言われた。
真っ赤なバラの花束を抱えて、ドキドキしながら待っていると、写真で見たまんまのムスタキが現れた。映画で覚えたフランス語で挨拶をして、花束を手渡し、色紙にサインをしてもらった。彼はまだ地方では無名だったので、写真も撮り放題だった。
コンサートは夢のような時間だった。生の姿を見、声を聴けて、本当に幸福だった。ムスタキは麻の生成りの、西洋風作務衣のような上下で、裸足にサンダルだった。「私の孤独」はもちろん、「僕の自由」、「地中海」などをさらりと歌った。ムスタキの曲は詩もメロディーもすごくいい。
コンサートが終わっても帰り難いというか、会場前をウロウロしていたら、バンドメンバーが出てきて、待たせてあった黒い大型車に乗り込んだ。たぶん、ホテルへ向うのだろう。ところが、なぜかムスタキは乗車せず、車を見送ると、スタスタと歩き出した。これにはイベント会社の社員さん達もびっくり。放ってはおけず、後を追った。
ヒゲで長髪、長身の外国人を先頭に、ダークスーツの男性社員が三人、それに私とHくん、という珍妙な一団が、夜の博多の街を歩いていく。社員たちは、「何で? 何なんだよ?」とか「どうする? 帰れないぞ」とか「困るんだよな、こんな外タレ」とか、文句を言い合っていた。
あっ、赤信号なのに、ムスタキが気付かず進もうとしている! 社員たちは
「ど、どうしよう」って感じだった。 あぶない! 私は(映画で覚えたフランス語で)、とっさに「アトーン、ムッシュー!(待ってー!)」と叫んだ。ムスタキは足を止め、振り返って声の主をちらりと見た。私は信号機を指差し、「ルージュ(赤)!」と、再び叫んだ。伝わったらしく、ムスタキは止まった。
五人は再び、王様のお付きの家来よろしく付いていった。いったい、どこに行くんだろう? 初めての街で?
その疑問はじきに解けた。ムスタキは博多名物の屋台の一つに入っていった。そして、おじさん達の間に座り、サケ?を注文して、周囲の人達とカンパイをして、嬉しそうだった。Hくんも私もアルコールはてんでダメ。
「ここまでだね、私達」「うん。それに最終電車に間に合わなくなるしね」
私達は駅への道を急いだのだった。さよなら、ムスタキ。


 


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