【読書感想】信頼はなぜ裏切られるのか

正確には、デイヴィッド・デステノ著『信頼はなぜ裏切られるのか 無意識の科学が明かす真実』寺町朋子訳、白揚社、2015.の感想になります。

個人的には非常に良い書と感じました。信頼とは何かを理解する入門書と言っても良いでしょう。ただし、私は心理学を専攻したことも、心理学に関する本を沢山読んでいるわけでもありませんのでただ読みやすく、そうした知識の少ない人間であっても言いたいことが理解し易かったという意味であり、本書の内容を全面的に肯定および内容を信頼することをお勧めするものではありません。

最も印象に残ったのは、「他人どころか未来の自分のことさえ信用することはできない」という厳然たる事実でした。例えば人間は、「○○し終えたらこれをやろう!」「今月は絶対に△△円貯める!」「明日は□□へ行こう!」と思っても、それは必ずしも達成されないでしょう。少なくとも私はそうした人間の一人です。本書は今ここにいる自分のみが自身が信頼するに値すると指摘しています。

ゲーム理論という、「社会や自然界における複数主体が関わる意思決定の問題や行動の相互依存的状況を数学的なモデルを用いて研究する学問」(wikipediaより引用)を利用した他者の信頼度を測る方法においては、人間は基本的に遠い未来(多くの世代交代を含む)において最も自身が利益を得られるように行動するそうです。裏切るか、裏切らないかはそうした指標の元に決定されるそうで、最終的に全体の利益が最も大きくなるのは誰もが裏切らない(=誰もが誰もを信用する)構造になりますが、それでは裏切る人間によって人間社会は破綻してしまうことになります。最も有力なのはしっぺ返し法という、最初は相手を常に信頼し裏切らないが、相手から裏切られた際には次にその相手を裏切る、という方法だそうです。裏切ることで不利益を被ることがわかれば、相手は他の相手に対してもより裏切らない選択肢を選びやすくなるためでしょうか。

また、権力と金によって人が相手を裏切りやすくなる、という内容も印象的でした。社会における絶対的な権力や金ではなく、特定の共同体における相対的な地位によってこうした心理状況は再現されるようです。人は基本的に、相手への対応に対する報いを受けることになります。実験によると、特に相対的格差が明示されない場合には、たとえ自身がより多くの利益を被ってもなるべく他者と利益が平等になるように振る舞うそうです。逆に、相対的格差による優位を認識した人間は相手に対してある程度の傲慢さを得ることが多く、例えば車であっても、高級車の方がより歩行者に対して信号のない横断歩道で道を譲りにくいという実験結果も出ているそうです。人々が恐れているのは平等な状態から自身が相対的な弱者になることであり、自身の地位が揺らがないのであれば他人にある意味で媚を売る必要はないということかもしれません。例えを学校の授業に当てはめるとわかりやすいのではないでしょうか。特に人間関係の希薄な大学の授業において、友達が少ない人が授業を休み、友達の多い人に休んだ授業のノートを見せてもらおうとするとどうでしょうか。二人がただ同じ授業をとっている、という関係性のみであると仮定すると、この場合のノートを貸す側の人は多少なりともしぶる、もしくは断る可能性もあります。一方で友達が多い人が授業を休み、友達が少ない人に休んだ授業のノートを見せてもらおうとするとどうでしょうか。今回貸す側は特に精神的優位を感じておらず、自身が休んだ際の貸しにできると考えて快く貸す人が多いのではないかと思います。この例からは未来の自分の利益への考慮を読み取ることもできます。

しかし、結局のところ他者のみならず未来の自身のことさえ必ずしも信頼に値するわけではないことは強く認識すべきです。他人が薄情なのではなく、人間がそういう生き物だと理解することで、本能的な利益の追求に限らず理性的に相手のことを考慮して行動できることが多くなるかもしれません。自身が不利益を被らないようにしつつ、全体にも不利益を被らせないような行動ができると良いな、と思いました。

他には無意識による信頼の判断、誠実であることと能力の有無、恋愛や結婚相手への信頼、相手の身振り等の行動による信頼度の測定及び意図的な行動の制御による信頼度の操作等非常に興味深い内容が扱われています。こうした内容を理解することで、詐欺師などを理性的に見抜くことができるようになるかもしれません。ご興味がありましたら図書館で借りるなり、購入するなりして読んでみることをお勧めします。良書ではありましたが、個人的には内容を一度読んだ上で自身でも買うかは微妙なラインの内容だと感じました。

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