【読書感想】言語の起源

ダニエル・L・エヴェレット『言語の起源 人類の最も偉大な発明』松浦俊輔訳、白揚社、2020.の感想になります。私自身内容を理解できたか、といわれるとそうでもないので参考程度にご覧頂ければ幸いです。

約400ページ超かつ、内容も専門的なので読むのに時間がかかりましたが、非常に面白い本でした。元々、古宮九時さんの『Babel』という小説(書籍化中、webでも公開されています)を読んでから言語は一体何処に起源を持つのか、という問題が気になっており、『Babel』的言語の起源を考える上ではとても参考になりました。

この書では、言語は「ホモ・サピエンス特有の生得的」なものではない、ということから、言語自体はホモ・エレクトゥスが既に利用していたであろうことを主張しています。全体を通してどのように言語が発生したかを論じており、最終的に言語の起源はサピエンスではなくエレクトゥスにある、ということを主張して本書は終わっています。

そもそも言語は「生得的」という主張が以前は一般的であったようです。初めに言葉があった、という一文もそうですが、キリスト教的世界観においては言語は神が創ったものの一つでした。神による世界の創造を前提にしてしまうと何事も神がそのように創ったのだ、と主張することができてしまうのですが、科学的世界観が徐々に一般化していく中でも言語の起源は非常に難しい立ち位置にあったようです。

生得的、というのは、「性質や能力などが生まれながらにそなわっているさま」(スーパー大辞林より引用)を意味しています、生得的な言語というと、生まれながらにして人間は言語を身につけている、つまり言語に関する遺伝を得ていることになります。ダーウィンの進化論を元に考えると、他の動物即ち人間に最も身近な猿でさえ言語を交わすことはできません。鳴き声によるやりとりは他の多くの動物でも使用されますが、人間ほど複雑な言語を使う動物は類人猿にさえ存在していないと考えられています。すると、人間は進化の過程で突然変異によって、言語に関わる形質を得たことで言語を話せるようになったのだ、という主張になるようです。

本書はこれに対し、言語は生得的なものではなく、人間の文化を背景に生まれてくるものだと主張しています。例えば私が「リンゴ」と書きます。この文字から想起されるのは、多くの場合赤い果実でしょう。しかし、これは我々の文化によってその言葉がそれを指すと決められているから通じるのであって、本能的に理解しているわけではありません。英語を全く知らない人間に「apple」という文字を見せても、そもそもアルファベット自体を文字として捉えられない可能性もあります。つまり、本書は言語は前提となる文化が存在しなければ機能せず、共同体による文化を背景に言語は徐々に成長してきたと主張しています。

現状、この主張に対する問題として挙げられるのは生まれつきを含めた言語障害の存在のようです。言語障害は、言語に関連する形質に損傷があるとすれば容易に説明できてしまう問題です。ただ、本書は何も言語に関連する機能が人間に備わっていないとは考えていません。言語の為だけに特化した器官の存在は否定していますが、元々あった器官を使って言語を利用できるようになった、と考えています。すると当然、その器官の一部に問題が起きると時に言語障害は発生してしまうことになります。

他にも、そもそもサピエンスの起源や言語以前に複雑な考えを可能にする脳の取得、生得的でない言語の文法はどのようにして発生したか、言語とジェスチャーの関連等、筆者の考える言語に関わる多くの内容を懇切丁寧に説明しています。言語とは何か、ということに興味のある方には是非お勧めしたい一冊でした。私も購入しようと思います。

この記事が参加している募集

#読書感想文

188,500件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?