日報:1(2021/5/3)

・自らに課す義務として書き始めようと思う。
・というかこれを書くためにnoteにログインしたら、会員登録6カ月目おめでとうみたいなポップアップが出てきた。noteでまともな文章を書いたのはこれが初めてだ。私、半年もこれ放置してたの? でもそんなもんか。そんな人けっこういるんじゃないかな。いてほしいな。

・そもそも昔から日記を書くのはハチャメチャに嫌いだった。小学生の時に毎年出てた毎日1行日記みたいなのが夏休みの宿題の中で一番嫌いだった。夏休み、休みの日は長くても何か特筆すべき出来事がある日ってほとんどなくないか? 私がもっと賢し気で大人の裏をかいてみたいイヤなガキだったら「右に同じ」を複数日使ってたかも。優等生だったからやらなかったけど。
・(でもこれをやってる優等生がいたらいたで、私はものすごくその子のこと好きになっちゃう気がする。あらゆることをそつなく平均値以上にこなすのに何か一つだけは極端に雑、うまくやろうとする気がなくて、あの子あれさえうまくできてたらな~って周りから言われてるけど本人はそれを全然気にしてないし、直す気を一切持ってないのって、よくない?)


・特筆すべきことが毎日起こるとは限らないという点もそうだけど、それ以上に「毎日書かなければならない」というところがものすごく苦しかった。日記に限らず、長く続けなければいけないことを始めるのって私にとってはものすごくハードルが高い。最初はやりたくて始めたこともだんだんと義務になってきてただの苦行になる。やめることは簡単だけど、やめたらやめたで自分から始めたのに…とか、こんな簡単なことすら続けられないのか…とか自己肯定感を下げる結果にしかならない。ただでさえ自分に対して卑屈になってるんだからこれ以上卑屈になると消えてしまう気がする。肉体か精神か知らんけど自分の何か、もしくはそれらすべてひっくるめた自分自身が。消えたくねえ~~~~。

・でもこれはなんとなくの勢いで始めてしまった。前からnoteというか、何かを書いて記録して公開(これはしないかもしれないけど)できるシステムを使ってみることには興味があった。多分昔書いてた夢小説サイトが楽しかった記憶が根底にあるのだと思う。完結させた話こそなかったけどあれはそこそこ長く続いたな。小5の時から始めて中3の時になんとなく書かなくなったから、何年? 4年くらい続いたのか。我ながら偉いな。これの他に自発的に始めて4年も続いたことってなんだろう。ないかもしれない。だとしたら本当に継続が苦手なんだな。他の人から言われて/勧められてやり始めたことは結構続いているものが多い気がする(サークル活動とか勉強とか)。自分の選択に自信・価値を見出すことができないもしくは卑下しがち、あるいは本当に無気力かのどっちかなのだと思う。前者だろうな。
・言うて夢小説はフィクションで自分の外にネタがあるもので、これは100%身を削って書くノンフィクションだから性質は全然違うからこれがあの時みたいに長く続くかどうかは分からない。でも今書いている時の気分は、ふつうに楽しいし、書けてる。どんなふつうかって言うと、頭の負担になってないし無理やり文章をひねり出そうとしている感覚はない。思ったことが頭の中での校閲を経ずにそのまま指から出てきて画面に反映されている感じ。喋ってるのと同じ感覚。いつも頭で言ってる脳内の独り言が可視化されている感じに近いかも。深夜テンションでできてるわけではないということを信じたいな。今日だけしかできなかった、続かなかったっていうのだったらつらすぎる。
・あの夢小説は毎日、遅くとも2日以内には1話更新させていた記憶がある。これもできれば毎日書きたいな。「日報」というタイトルは自戒の意味もある。

・お気持ち表明みたいになっちゃったけど、日報と銘打ったからには今日のできごと報告みたいなのも書きたい。
・これ、初日から頑張りすぎとかではないか? 私がものごとを長く続けられない原因の1つには必ず「初日~2日目頑張りすぎて3日目エンスト」ていうのがあると思うんだけど。
・別にここでガタガタ悩んでてもクソの足しにもならないので書くことにする。

・某所にTVを買いに行った。いただきものの商品券(ありがたい)の期限が迫っていたこととNHKを見たい気持ちが巨大になってきたこと、自分があまりにも世間の動きがさっぱり分からんマンなのがちょっとヤになってきたことの3点による。
・実際にあったことを書こうとすると全然筆が進まなくなった。やばいぞ。本当に意識せずに日々を過ごしてるんだろうな。ちゃんと書かなきゃって気持ちも働いてる気がする。構えてしまったら書けるものも書けない(小説書こうとするときにめちゃくちゃ感じる)。

・話をすぐに脱線させちゃうの悪い癖だ。連想ゲームみたいに話したいことが浮かんできて、それを外に出さないと気が済まなくなる。そして隙あらば自分の脳内語りしちゃうな。だって外に逃がさないとずっと頭の中でうるさいんだもん。でも本題に戻さないと話が進まないので、戻す。
・家電量販店の3階にあるTVコーナーに行ったのだけど、ある程度のでかさを持ったTV画面を久々に見た気がした。確実に実家に帰省していないからだと思う。でも自分が見てた実家のTVと比べて画質が死ぬほどよかった。少し見てただけでも画面酔いしちゃうレベルだった。アイドルの汗1滴どころか毛穴まで映っちゃうの、普通に考えてヤバいな。視覚情報だけで言ったらLIVEよりLIVEだ。でもその分、生ものが持つ音と雰囲気とのギャップをより強く感じてしまう。音は音で悪くはなかったんだけど、前からしか聞こえてこなかったし、雰囲気は言うまでもない。そしてリアルすぎて逆にリアルじゃない気がした。”生”を感じられるリアルさって、一定値より上になってしまうと逆に作りものっぽく感じてしまう。生って全部の要素が全部鮮明なんじゃなくて、曖昧なものが重なり合って初めて明確な形ができていくんじゃないかなって思った。
・私が買おうとしていたTVは、そういうリアルを超えてくる大画面のドデカTVではなく、ノートPCの画面より少しちっちゃいくらいの大きさのポータブルTVだ。そんなに大きくなくて薄型で、据え置き型でなく壁にかけられるものが欲しかった。ある程度移動させて使うことが前提のものがいいなと思っていた。なぜなら置く場所がないから。
・というか、用意するつもりがない。本棚はこの間買い足したばかりだというのに。私の中のTVの優先順位が透けて見える。
・ポータブルTVのコーナーは家庭用TVのでかいコーナーの横にひっそりと、1区画だけ場所をもらって存在していた。パッと見てこれは置いてないな、と分かる狭さだった。案の定なかった。置いてあるのは折り畳み型のDVDプレーヤー、おまけとして地上波も見られるよ、というようなものだけだった。これは画面が小さすぎだった。字幕が読めそうにないから却下した。
・後からネットで調べると、欲しい感じのTVはあることにはあったのだが、店舗取り寄せでしか買えないという旨のことが書いてあった。
・これはまた私の悪い癖なのだけれど、何かを買いに行ったりどこかに出かけたりするときに、下調べをすることなく現地に突撃してしまう。その結果目的物が売り切れだったりお目当ての場所が休業だったりして、無駄足になることがままある。

・この話、つまらなくないか? 感情の動きとしてはこの後にあった会議今日やるんかやらんのか問題とか、サークルの先輩と1時間以上電話で話して思ってたより人付き合いのスタンスが似てたことの方が大きかった気がする。特に先輩の件に関しては、私以外の人間もある程度人間関係とか、人間関係以前の、人間に対する考え方とかに黒い靄みたいなのを持ってることが分かったのが良かった。その先輩はパッと見割り切って人付き合いされてそうな方だったから、内側に葛藤や諦めがあることが分かったのが嬉しかった。

・頭がぼんやりしてきた。眠い。最近は寝られないので眠気が来るだけでもありがたい。でも眠気が来たとしても、すぐに寝られる保証はないことは経験則で分かっているし、経験則でも寝られる時と寝られない時の違いは分からない。
・昨日はnoteで日記書いてみたいな~、何書こっかな、続けられるかな、みたいなことを考えていると4時になっていた。今思えばPC立ち上げて書いてしまった方が早く寝られたかもしれない。優柔不断だ。人間が人生の中で多く時間を使うものは睡眠が一番で、次点で探し物らしいけど、探し物よりかは悩み事の方が多いのではとも思う。先日財布を無くした人間が言えることではないが。
・とりあえず今日は昨日の夜寝られなくなるほど書きたかったものを書いたので、昨日よりはスッと寝られるかも。そうだといいな。


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