見出し画像

勝五郎生まれ変わり物語

<概略>
江戸時代後期、現在の東京都日野市程久保と八王子市東中野に伝わる、勝五郎の生まれ変わり物語。

生まれ変わり物語

「あんちゃんとねえちゃんは、この家に生まれる前は、どこの家の子だったの?」
文政5年(1822)、8歳の勝五郎が、兄と姉に尋ねました。
「おかしなことを言う子だね」
兄と姉は、子ども心に、弟ちょっとヤバい、と思ったようで、その表情を察したのか、勝五郎は親には内緒にしておこうと思います。
しかしいつも一緒に寝ているお祖母さんには、自分が生まれ変わったことを打ち明けるのでした。

勝五郎いわく、以前は程久保村(現日野市程久保)の藤蔵という子どもでした。
6歳のときに疱瘡(天然痘)にかかって死んでしまいます。
お葬式の日、棺桶に入れられ、山の墓地まで運ばれますが、棺桶を穴にいれた瞬間、どすんという音がして、魂が抜け出しました。
魂になった藤蔵は、家に帰り、泣いているお母さんに話しかけますが、気づいてくれません。
少しすると黒い着物を着た、白いひげを生やしたおじいさんが来て、一緒に行こうと言います。美しい花が咲き、昼も夜もない世界へ連れて行かれ、ふわふわと遊んで過ごしました。
数日経ったかな、というくらいのとき、またおじいさんがやってきて「3年経ったから生まれ変わるのだ」といいました。
中野村(元八王子市東中野)の勝五郎の生家まで来ると「あの柿※のある家のおばあさんはいい人だから、あの家に生まれ変わりなさい」と言われて、お母さんのお腹の中に入りました。

この話を聞いた勝五郎の両親は、にわかには信じられませんでしたが、夫婦ふたりしか知らないはずのことを、勝五郎が知っているので、もしかしたら本当かも、と思うようになりました。
程久保村のことを知っている人に尋ねてみると、たしかに藤蔵という子どもの家があり、6歳のときに疱瘡で亡くなっているらしいのです。

勝五郎が、藤蔵の両親にしきりに会いたがるので、祖母が約1里半(6km)を歩いて連れて行きました。
1軒の家をさして「この家だ」と言い、出てきた藤蔵の両親は「藤蔵にそっくり」と喜びます。
部屋の間取りや、近所の様子を、次々と言い当てるので、周りの人たちは驚きました。

以来、勝五郎はときどき藤蔵の家に泊まり、実際の親子のように川の字に眠りました。


以上が勝五郎生まれ変わりの物語です。

※民俗学では、柿の木があの世とこの世の境にあるという伝承が日本各地にあるそうです。


江戸まで知れ渡る


この物語は近所で有名になり、やがて江戸にまで知れ渡りました。

本人や身内からの聴取で、勝五郎生まれ変わりの物語について書き記した人が、記録上、3人います。

中野村領主・多門伝八郎著 『多門伝八郎届書』
文人大名・池田冠山著 『勝五郎再生前世話』
国学者・平田篤胤著 『勝五郎再生記聞』

中野村領主の多門伝八郎は、領主内でおこったことを書き記すのが職務の1つだったので、仕事の一貫だったでしょう。
池田冠山は、愛娘が6歳のときに疱瘡で夭折しており、勝五郎の話に、ひょっとして娘も、と期待したのかもしれません。
平田篤胤は、ご存知通り、異郷や幽霊話を収集していたので、コレクションの1つだと思われます。

後世、小泉八雲がこの話を『勝五郎の転生』として執筆したことから(『仏の畠の落ち穂』収録)、海外でも知られることとなりました。


生まれ変わりって本当にあるの?

この話を知ったのは、先日訪れた「郷土誌フェア」で購入した冊子からでした。
編集は日野市郷土資料館の委託を受けて発足した「勝五郎生まれ変わり物語探求調査団」。
地元に根ざした伝承を後世に伝え続けよう、という試みであり、「生まれ変わり」は本当にあるの?というようなことを研究しているのではないとのことです。

しかし「生まれ変わりって本当にあるかも?」と思ってしまいそうな、辻褄の合う話ですね。


仁愛大学の准教授・坂井祐円氏の論文によると、民俗学では生まれ変わりに関する科学的なアプローチは2つあります。

1つは、自発的に、生まれ変わりだと語り出した子どもにインタビューし、その記憶に歪みがないかどうか、事実に整合するかどうか、などを調査・検証するケース。
もう1つは心理研究分野の「退行催眠」を用いて、生まれる以前の記憶を引き出すケース。

日本では学術的な研究はほとんど進んでいないそうです。
ヴァージニア大学医学部のスティーヴンソン博士が、1958年に、世界中の生まれ変わりに関する事例のうち、信憑性の高いものを44例集めて報告書を作成しました。その中に平田篤胤の「勝五郎再生記聞」が入っています。
その後も博士は研究を続け、1997年には精査した225例を集めた本を出版しました。


2008年、ISSP(International Social Survey Proguramme・45カ国が参加する国際調査機関)は、「生活意識」をテーマに、人々の宗教に関する考えや行動について、アンケートを取りました。
その結果、「生まれ変わりはあると思うか」という質問に対し、「ある」と回答した日本人は42.1%で、世界の上位に入っていたそうです。
若い人のほうが高齢者よりも高く、特に30代女性は7割を超えていたとか。

江戸時代の農村では、乳幼児の死亡率が高く、「7歳までは神の内」という言葉があります。
そんな中で「生まれ変わり」の物語は、どれほど人々に希望を与えたでしょう。


カバー写真:『ほどくぼ小僧 勝五郎生まれ変わり物語』表紙


<参考資料>
『ほどくぼ小僧 勝五郎生まれ変わり物語』
勝五郎生まれ変わり物語探求調査団編集 平成28年 2016年

坂井祐円著「生まれ変わりをどのように考えるか」『仁愛大学研究紀要 人間学部篇 第19号』2020年

文研NHK放送文化研究所
https://www.nhk.or.jp/bunken/summary/yoron/social/032.html

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?