降給のこと 3/4

承前

7.そうはいっても

降給について具体的に合意を得たり、降給を許す就業規則の変更を行うことは容易ではありませんが、そうはいっても、何も用意をしていなければどうしようもないので、とにかく何か用意をしておかなければなりません。

先に引用した最高裁判例(最判2小H9.2.28)ですと、「同種事項に関する我が国社会における一般的状況等」には配慮するとされていますから、世の中の雰囲気が変わってくれば、裁判所も考えを変えるかもしれません。(但し、裁判所の判断は、社会の変化を押しとどめる作用もあります。裁判所には、社会をリードするような先進的な判断をしてくださいとまでは言いませんが、ある程度自由な、バリエーションを許容する判断を示して頂きたいなとは思います。)

8.就業規則を変える

5.で書いたとおり、現在の労働実務では、降給させるためには、とにかく就業規則に何か書いておくということが必要です。先に引用した東京地裁R3.9.7ですと、「被告の援用する賃金規程の定めは,「賃金は,従業員の①年齢,経験,技能,②職務内容及びその職責の程度,③勤務成績,勤務態度等を総合勘案してその金額を決定する。」,「会社の業績低下,または従業員の②の変更(軽減),③が良好でない時は,従業員に説明して賃金を減額し【以下略】」(前提事実(4))という具体的基準を欠くものであって,特別な事情のない限り,かかる抽象的な就業規則の規定により確定的に合意された賃金を減額することはできないというべきである。」とされていますが、それでもとにかく、この程度のことでもよいのでまずは何か書いておかなければなりません。

さらにいうと、相応の人事考課制度を導入してその中に合理的な基準が示されていればよいですねということになるのですが、人事考課制度がある会社ばかりではないですし、人事考課制度の導入が必要だという規模の事業のほうが、世の中少ないでしょうから、内容についてはとにかく就業規則に何か書いておけ、というところにとどめておきます。

内容としては、降給の可能性は従業員に不利益を生じさせることになるのでしょうから、その不利益の生じる範囲に歯止めをかけるために、例えばですが、一度の機会に降給できる範囲を●%と定めるとか、一度降給すると、そこから1年以内は再度降給させられないとかいう条件を設けておくと、一方的、過剰なことは起こらないということで、規定自体の合理性が、いくらかでも裁判所に理解されやすくなるかもしれません。

また、ある程度の事業規模(従業員数)を超えてくると、当然、会社が組織立ってきます。そういった事業規模に達すると、役職給みたいなものを設けて、役職に手当を付けることがあります。管理職手当みたいなものがこれにあたります。これですと、役職を外れるとその手当ても減る、という仕掛けが理解されやすくなると感じます。
賃金テーブルを設けて等級ごとのレンジを決めておけば、考課の相当性の問題はありますが、減額は裁判所にも理解されやすいだろうとも思います。ナマの賃金減額ではなくて、用意された制度を噛ませると、会社の裁量の範囲内という評価を得られやすくなると思います。
もちろん、理解されやすい制度を用意していても、一度に10%以上減るとか、連続して減らすなど急激な給与の変動は、目線は厳しくなります。

9.平時のうちに変えておく

就業規則を変更する時期ですが、業績が悪くなったり、降給させたい能力不足の従業員が現れてから急に就業規則を変更して、変更直後に適用して降給すると、降給の効果が争われる際に、適用の相当性だけでなく、就業規則の変更自体の有効性が争われる可能性が高まります。
このため、就業規則の変更は、平時(直ちに降給させる必要性が出ているわけではない間)のうちに行うほうがよいと思います。「ウチは前からそうですよ。」と言いたい、ということです。先に引用した東京地裁R3.9.7では、減給の可能性を示した賃金規程自体が無効だとまでは言われていません

10.当然のこととして

それから就業規則の変更ですから、①労働組合又は労働者代表者の意見を聞く(法90条1項)、②労働基準監督署に届出する(法89条本文)、③労働者に周知する(法106条1項)、ということが必要です。これは就業規則の変更なり、就業規則の効力を発生させるために必要な手順です。

法89条2号では、「二 賃金(臨時の賃金等を除く。以下この号において同じ。)の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項」を就業規則に書かないといけないことになっています。

①労働組合がない会社では、労働者の過半数代表者の意見を聞くことが必要で、これが行われていないことはあります。ですが、実際に、変更の都度過半数代表者を選任している(代表者選任届を従業員に作成させている)会社もありますから、これは願わくばできてほしいところです。

また、③労働者への周知についても、会社の分かりやすいところ(サーバー内のきまったフォルダでもいいです。)に置いて、ここにあるよいつでも見てねと周知して欲しいところです。理想的なこととしていうと、就業規則を渡して受領書を集めておくというのがよいです。

このあたりの就業規則の一般的なルールに抵抗感を感じられる向きもあろうかと思いますが、就業規則は、面倒くさいものということではなくて、従業員だけではなくて、会社のためになるものとして、うまく利用するようにして頂ければなと思います。

11.労働条件通知書

それからできることというか備えとしては、労働条件通知書です(法15条1項、規則5条3号では、「三 賃金(退職手当及び第五号に規定する賃金を除く。以下この号において同じ。)の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項」を労働条件通知書に書くことになっています。)。

労働条件通知書にも、降給する場合があることを書いておくことが望まれます。降給する場合があることを書いて就業規則を引用するか、可能であれば、降給に関する定めを書いてしまうのがよいです。

そして労働条件通知書については従業員の受領印をもらっておくことのほか、あわせて就業規則の写しを渡して、その受取書を徴求しておくのがよいです。入社時に就業規則を渡していても、後日「受け取っていない」と争われることがあります。このとき受領書がないと、なかなか受領の事実を証明することが難しくなります。

12.とりあえずこのへんまで

とりあえずこのへんまでできると、降給を許す規定はないとか、知らないとか聞いてないとか受け取っていないとか就業規則が手続欠缺のために無効だなどという、外形的な問題によって争われる可能性は、ある程度減ってくると思います。
そうすると、降給の内容の相当性の問題になってきます。この点については、いくらかでも合理的と思われる説明を用意することにはなりますが、姑息な説明を作っても仕方がないので、ある程度は理解を得られるような何かを用意することになります。ケースバイケースの問題です。
続く

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