降給のこと 2/4

承前

5.モデル就業規則

厚生労働省はモデル就業規則というものを提供しています。モデル就業規則では、給料の決め方に関して、次のような条項が設けられています。

(基本給)
第32条  基本給は、本人の職務内容、技能、勤務成績、年齢等を考慮して各人別に決定する。
(昇給)
第47条  昇給は、勤務成績その他が良好な労働者について、毎年 月 日をもって行うものとする。ただし、会社の業績の著しい低下その他やむを得ない事由がある場合は、行わないことがある。
2 顕著な業績が認められた労働者については、前項の規定にかかわらず昇給を行うことがある。
3 昇給額は、労働者の勤務成績等を考慮して各人ごとに決定する。

以上のように、モデル就業規則では、降給に関する規定はありません。これだと、降給はさせられるでしょうか。参考にできる裁判例があって(東京地判H12.1.31)、これによると、就業規則に降格可能性について言及がなかったという理由で、降給を無効にしています。

このため、上記のモデル就業規則のような決め方であれば、降給可能性に言及がないので降給は無効、と言われてしまうことになります。なので、降給の余地を生じさせるには、とにかく(=後で争われようが、結果として無効と判断されようが)、まずは就業規則に、降給することもあるよ、と書いておく必要があります。

6.就業規則を変更する

これから会社を立ち上げて就業規則を作る局面であれば、降給に関する条項を就業規則に入れるのに苦慮しないかもしれませんが、既存の就業規則に降給に関する条項を入れようとすると、これは、不利益変更といえますから、簡単にはできません。ここは、法律から見てみます。労働契約法です。

(就業規則による労働契約の内容の変更)
第九条 使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない。
第十条 使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。[但書省略]

就業規則の不利益変更は、10条の場合に可能です。変更が合理的で、かつ、労働者に周知させないといけない、となっています。就業規則の労働者への周知は労働基準法106条1項でも必要ですから、それはよいとして、では変更の「合理性」とは何ですか、という話になります。

ここは、参考になる最高裁判例があります(最判2小H9.2.28)。

「当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものであることをいい、特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。右の合理性の有無は、具体的には、就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、使用者側の変更の必要性の内容・程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、労働組合等との交渉の経緯、他の労働組合又は他の従業員の対応、同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断すべきである。」

なになになんですか?という感じですね。給料は、上がることもあれば下がることもあるでしょう、当たり前じゃないですか、という感じではなさそうです。最近の裁判例としては、東京地裁R3.9.7というのがあって、それによると次のように判示されています。

「被告の援用する賃金規程の定めは,「賃金は,従業員の①年齢,経験,技能,②職務内容及びその職責の程度,③勤務成績,勤務態度等を総合勘案してその金額を決定する。」,「会社の業績低下,または従業員の②の変更(軽減),③が良好でない時は,従業員に説明して賃金を減額し【以下略】」(前提事実(4))という具体的基準を欠くものであって,特別な事情のない限り,かかる抽象的な就業規則の規定により確定的に合意された賃金を減額することはできないというべきである。」

このように、裁判例は、単に降給することもあるよ的な就業規則の定めでは、降給を認めてくれそうにありません。降給を許さないことは、「今そこにある雇用」を保護するものであって、裁判官にとっても、今そこにいる労働者にとっても心地よい結論ですが、「①後で降給させられないのだったら、②やすやすとは昇給もさせられない」ということにもなります。

このように、裁判所の判断は、「目先の労働者を保護するとして、その次に起こること」に対する配慮は通常考慮されないか、分かっていても無視されることが多いと感じます。降給が容易になれば、よくできる人に思い切った好待遇を提供できるとか、降給に不満な人が退職してゆくとかいうことによって、人材の適切な配置が進むとか、雇用が流動化するとかいう効果が得られて、会社なり社会全体として生産性が上がるだろうなんて、定量的にはなかなか立証できませんので、このへんが裁判の機能の限界かもしれません。
続く

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