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「懐かしい。いや、むしろ絵本として新しい。」アンニョン・タルの傑作『にんじんようちえん』の魅力──ひこ・田中

韓国でいま、いちばん人気のある絵本作家といえば?
日本でも『
すいかのプール』(訳:斎藤真理子、岩波書店)でおなじみのアンニョン・タルさんの名前を挙げる方も多いことでしょう。
飾り気のない、かわいらしい絵。アンニョン・タルさんの絵本には、やさしさとあたたかさと、そしてユーモアがたっぷり。登場人物の暮らしのていねいな描写に、ながめているだけでも主人公の気持ちまで読者に伝わってくるようです。
そんなアンニョン・タルさんの絵本の中でも、韓国で大ヒットとなっているのが絵本『にんじんようちえん(당근 유치원)』。2022年3月、ついに日本語訳が刊行されます!
訳を手がけてくださったのは、作家・評論家として活躍する、ひこ・田中さん。すべてがみずみずしく新鮮だった子どもの頃の感覚を、見事に日本語で表現してくださっています。ひこさんが、はじめて原書を手にしたとき、そして、お話を楽しみながら感じたことなど、その魅力と思いを綴ってくださいました。

【2022年3月刊】『にんじんようちえん』(作:アンニョン・タル、訳:ひこ・田中)書影

『にんじんようちえん』あらすじ
ようちえんが嫌いだった「とげとげウサギの子」が、ある日「クマ先生」にプロポーズ!? アンニョン・タルさんが描く、可愛らしくて、ちょっぴり心がちくりとする恋のお話。
パパに連れられて、新しいようちえんへとやってきたウサギの子。むかえてくれたのは、体も声も大きくて、力もとっても強いクマ先生でした。不安な気持ちではじまったようちえん生活だけれど、ウサギの子は「大きくなったら、先生と結婚したい」!? はてさて、ウサギの子のようちえん生活は……。

アンニョン・タル(안녕달)
水が流れる風光明媚な山の中の学校で視覚デザインを、遠くの海辺の村の学校でイラストを学び、現在はイラストレーター、絵本作家として活躍している。おもな作品に『すいかのプール』(訳:斎藤真理子、岩波書店)
、『おばあちゃんの夏休み(할머니의 여름휴가)』(第57回韓国出版文化賞)、『なぜっていうと(왜냐면…)』、『こんにちは(안녕)』、『ゆきのこども(눈아이)』などがある。
website→ http://bonsoirlune.com/

ひこ・田中(ひこ・たなか)
1953年、大阪府生まれ。児童文学作家、評論家。長編作品に『お引越し』、『ごめん』、『なりたて中学生』(第57回日本児童文学者協会賞)。幼年童話に「レッツ」シリーズ。絵本に『ひっつきむし』、『へたなんよ』。評論に『大人のための児童文学講座』、『ふしぎなふしぎな子どもの物語~なぜ成長を描かなくなったのか?~』などがある。


懐かしくて、新しい、『にんじんようちえん』
──ひこ・田中

🥕『にんじんようちえん』からよみがえってきた
自分自身のようちえん時代

親に連れられてようちえんに入園した子ウサギの日々を描いた、この絵本をはじめて見たとき、どこか懐かしいと思いました。
自分の記憶の中にある、風景、ざわめき、不安、ときめき。そうしたものがいっせいによみがえってきたのです。

はじめてようちえんにやってきたウサギの子
(『にんじんようちえん』本文より)

ようちえんに通園するというのは、それまで家族のだれかといつもいっしょにいたのが突然、見知らぬ人しかいない場所に放り込まれる事態です。

まわりの景色も、匂いも音も知らないし、他の子たちも知らないし、担任だという先生も知らない場所。

どうしていいかわからない。とにかく先生が一番偉いらしいから、その指示に従うけれど、決してそうしたいわけではない。ここにいたいわけではないというか、いたくない。居心地が悪い。ここは自分の居場所ではない。なぜ居なくてはならないかがわからない。早く帰りたい。やらされることが子どもじみていて退屈だ。

わたしのようちえん通いの始まりはそんな感じでした。

🥕今まであまり見たことがない絵本

この絵本は、わたしが園児だった頃の気持ちを思い出させてくれたのです。子どもたちはウサギで、担任の先生はクマなのにもかかわらず、まるで自分のことのように懐かしい。

だからといって、古びた感じはしません。いや、むしろ絵本として新しい。

子どもたちの日常のざわめきや、教室の壁に貼られた標示やメモまでがとても細かく、観察眼鋭く、リアルに再現されていて、ようちえんの日常を丸ごと感じとることができる。そんな絵本は今まであまり見たことがありませんでした。

ようちえんは、子どもたちのにぎやかな声でいっぱい!
(『にんじんようちえん』本文より)

さて、子ウサギの子はにんじんようちえんに入園します。担任のクマ先生はとても大きく、力も強い。それは少し怖いことかも知れないし、まわりの子どもたちと仲良くなる余裕もないし、ただただつまらなくて早く家に帰りたい。もうあんな所へは行きたくない。心を内に閉ざす子ウサギ。

それでも朝はやってきて、ようちえんには連れていかれる。

ところが、あることがきっかけで、子ウサギはクマ先生を大好きになります。それも結婚したいくらいに。というか、子ウサギにとって、大好きな人とは結婚するものなのです。

こうしてようちえんは、行きたくない場所から、行きたい場所へと変わります。見知らぬ場所から、自分の大切な場所になるのです。

あんなに行きたくなかったようちえんだったのに……
「わ~ん やだやだ! いえには かえらないよお」とウサギの子。
(『にんじんようちえん』本文より)

🥕『にんじんようちえん』は、外の世界へのはじめの一歩

わたしたちは誰しもやがて、自分自身で外の世界へと踏み出していきます。この絵本はその最初の一歩を、ユーモアたっぷりに、愛おしく包み込むように描いています。

わたしにとっては懐かしく、ようちえんに通う子どもたちにとっては新しい友だちのような絵本です。


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『にんじんようちえん』は2022年3月刊行予定です。
このあと「ポプラ社こどもの本編集部note」では、『にんじんようちえん』にまつわるあの方に書いていただいた記事も公開予定です。さて、あの方とは……!? どうぞお楽しみに!

そして、『にんじんようちえん』を口コミで応援していただく企画「にんじんサポーターズ」の企画も進行中です。
みなさま、たくさんのご応募ありがとうございました!
募集は締め切りましたが、投稿された口コミを紹介する記事を計画中です!
こちらもお楽しみに。