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まとめ方に悩んだあげく、なぜか仕事に悩める20代ライターになりきって、ポプラ文庫のイメージキャラクター就任のドラマを(わりと本気で)ドキュメントしてみた話

「ポプラ文庫にイメージキャラクターができたんだって」
デスクの声に私は顔をあげた。
「へえ、そうなんですか」と気のない返事をしながら、書きかけの記事に目を戻す。今書いているのは40代女性向けの隠れ家的カフェ特集だ。今月校了の女性誌だが、まだ紹介する店が固まっていない。てっとりばやく取材ができる店はないか。今はそのことで頭がいっぱいだった。


「取材してきなよ」
のんきな発言にカチンとした。「ちょっと手元が詰まってて」と口早に言ったが、追い打ちをかけられた。
「カフェは来月でいいや。小説ってなんかイメージよさそうじゃない」
呆然とする私をしり目に、デスクはニコニコしながら「じゃ、そういうことで」と肩を叩いて出て行った。上司の思い付きに振り回されるのは、いつも下の役回りだ。


書きかけのラフを握りつぶし、ごみ箱に放り投げた。縁にあたって外に落ちる。
私は深いため息をつきながら、パソコンの検索画面に「ポプラ文庫 キャラクター」と打ち込んだ――。

2020年4月1日。ポプラ文庫のイメージキャラクター「あるかしらおじさん」がひっそりと誕生した。

世はイメージキャラクター戦国時代。大量のご当地ゆるキャラを見ればわかるし、出版界のイメージキャラクターも枚挙に暇がない。
そんな今、なぜなのか。


ネットで見つけたポプラ文庫のキャラクター「あるかしらおじさん」はかわいかった。
見る人をほっこりさせるチャーミングなおじさん。情報によると、架空の書店「あるかしら書店」の店主らしい。
しかもイラストを手掛けたのは、大人気絵本作家のヨシタケシンスケさん。話題性と訴求力もある。

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でもさ、と思った。
おじさんだよ?

イメージキャラクターって、犬とか猫とかそういうものじゃないの?
しかも「あるかしらおじさん」って書店の店主なんでしょ。なんなの、副業なの? たしかに時代はダブルワークの時代ですもんね、給料安いし私も副業はじめようかしら……などぶつぶつ呟きながら、私は取材に向かうべく鞄を手に取った。

指定された場所は、神保町の地下にある薄暗い喫茶店だった。
待ち合わせた相手はポプラ文庫編集長の吉川さん

「あるかしらおじさん」はポプラ文庫のイメージキャラクターである。
となれば、まずはポプラ文庫の編集長から話を聞くのが筋ではないか。そう思い、アポを取り付けた。

吉川さんは業界でも有名な剛腕編集者と聞く。失礼のないよう早めに店を訪れたが、吉川さんはすでに隅の席でゲラを読んでいた。
緊張しながら挨拶をしても、「よろしく」と短く答えて顔を上げない。
しかたないので取材を始めることにしたが、吉川さんは淡々とこちらの質問に答えながらも、手に持ったゲラをすごいスピードでめくり続けていた。

まずは現在の文庫市場、そしてポプラ文庫はどういう状況なのか。そこから質問をはじめた。

出版業界全体が年々厳しい状況となる中で、最後の砦とされてきたのが「文庫市場」です。
しかし、この市場にも厳しい寒さが押し寄せてきています。
ポプラ文庫はそんな中、「ライト時代小説」「ライト文芸」ジャンルへの参入をはじめ、さまざまなアイディアで奮闘を続けています。

出版が厳しいのは、業界の端くれにいる身として痛感している。
文庫もレーベルが乱立していて激戦だろう。奮闘しているとはいえ苦しいに違いない。大変な状況の中でなぜ、イメージキャラクターの導入にいたったのか。

もともと、創刊当初からイメージキャラクターをどうするかという議論はありました。
10周年を迎えたことを機に、ポプラ文庫がさらなる飛躍を遂げるために、イメージキャラクターの導入を決定しました。

ポプラ文庫は2020年の4月で10周年
10年は確かに区切りである。次へのステップとして、このタイミングでキャラクターを導入したという意図は理解できた。
だが、なぜ「あるかしらおじさん」だったのか。犬や猫ではだめだったのか。

ポプラ社で刊行したヨシタケシンスケさんの『あるかしら書店という本がありますが、おかげさまで30万部突破の大ベストセラーとなっています。
この『あるかしら書店』に登場するおじさんがとても可愛らしくて、すでに多くの方に知っていただいているという点と、老若男女問わず愛されるキャラクターとして、ポプラ文庫のさらなる飛躍に欠かせない存在であると確信し、全会一致でイメージキャラクターの就任をお願いしました。


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ここでふと思い出したことがある。「あるかしら文庫フェア」だ。

ポプラ社では3年前から「あるかしら文庫フェア」という展開を始めていたはず。ポプラ社のいろんな文庫にヨシタケシンスケさん描き下ろしの限定カバーが巻かれていて、ふらりと立ち寄った書店で見かけて「かわいいなー」と思ったことを覚えている。


ヨシタケシンスケさんという共通点があるが、何か関係はあるのだろうか。
吉川さんに問いかけたが、無言でゲラを読み続けるばかりだった。

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(あるかしら文庫フェア。一冊一冊がヨシタケさんのオリジナルカバー)


次に本屋に向かった。「あるかしら文庫」を展開していた書店員なら何か知っているのではないか。そこに賭けたのだ。

知り合いの書店員に尋ねたところ、「それなら藤田さんよ!」と即答された。
しかも意外な事実を教えてくれた。
なんと「あるかしら文庫フェア」の仕掛け人である藤田さんは、『あるかしら書店』の担当編集でもあるという。

編集と営業の兼任らしいが、そんなことができるのか。私には絶対ムリだ。
藤田さんとはTwitterでつながっているそうなので、DMを送ってもらいアポを取り付けた。

あるかしら書店を実際に開店させてみたいって思ったんです。
自分で店を開くのはまあ老後の楽しみにとっておくとして、私が今できることで一番面白い形でできる展開は何かめちゃくちゃ考えました。で、文庫フェアにすれば、本屋さんの中に「ミニあるかしら書店」を作ってもらえるんじゃないかってひらめいて、企画させてもらいました。自分のやりたいことができちゃうって、なんて楽しいんでしょうね。
また、これなら書店員さんに楽しんでもらえるような気がしたし、フェア自体の返品率を改善することもできるんじゃないかと思いました。

すらりと長身の藤田さんは、細長い指を上品に膝の上で組みながら、「あるかしら文庫フェア」について語ってくれた。


「あるかしら文庫フェア」の展開で「ミニあるかしら書店」が全国に誕生する。その下地ができたところに、店主である「あるかしらおじさん」が就任する
そういう繋がりだったのか。

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(書店店頭用の「あるかしら文庫フェア」グッズ)

驚いた顔を見せた私だったが、藤田さんは「いや、編集長、本気かなあと思いました」と軽やかに笑った。


自分が編集者として携わったキャラクターが、レーベルのイメージキャラクターになるというのは、どんな気持ちなのだろう。
目を細めて「あるかしらおじさん」への想いを語ってくれた。

日本一かわいいおじさんですよね。名前もないのにこんなにみんなに愛されて、この先もこのおじさんとずっと一緒に歩いていこうと思ってます。


おじさん就任が無事に決まったとはいえ、キャラクターの展開はそこからがスタートだ。
コンセプトはどうするか、どう使っていくか、どうブランディングしていくか。それを考える必要があるはず。
それも藤田さんが手がけたのかと問うと、違うと言われた。
現状を整理し、どう展開していくかを考える「あるかしらMTG」を立ち上げて、ぐんぐんまとめていった人がいるという。

ぜひ会わせて欲しい。話を聞かせて欲しい。

そう頼んでも、「それは内部の話なんで」と渋られた。
何度会ってもかたくなに口を割らない藤田さんだったが、無類の酒好きという情報を入手し、経費で落とした高いテキーラを差し出したところ、じっと見つめてひったくるように受け取り、「あなたの情熱には負けました」と名刺を渡してくれた。

そこには営業部の畦地という名前が刻まれていた。

おじさん就任を聞いた時は、万歳三唱で迎え入れる心持でした。ポプラ社の一員としてはもとよりですが、一人のおじさんファンとして、これは全力でおじさんのバックアップに努めていかなければならないなと。

「あるかしらおじさん」就任への想いを語る畦地さんは、キラキラした目の女性だった。予約してくれたカフェは西欧風の雰囲気でまとめられていて、さりげない小物一つとってもセンスの良さが伝わってきた。運ばれてきたパフェも絶品だったが、空になったグラスに自分のくすんだ眼が映り、少し悲しくなった。
気を取り直し、取材を続ける。

営業の立場からどのように「あるかしらおじさん」を展開していこうと思ったか――。

おじさんのファンをつくるところから始めようと思いました。そこから、おじさんを通して、「読んで良かった!」と思える本と出会ってもらうことが出来れば成功だなと。
私もそうですが、潜在的なニーズは自分自身では気がついていないことが多いと思います。駅のホームで自販機を見て、「あぁ、そういえば喉が渇いてたな」と思って水を買うみたいに、本も「そうそう、こういう本読みたかったんだった」ともっと気がついて良いと思うんですが、結構難しいんです。たくさんあって選べないし、表紙を見てもわからない。
そういう人たちのために「あるかしらおじさんが色んな本を薦める」という形で、本と読者をつなぐ架け橋になれば良いなと思い、それをコンセプトにしようと思いました。
ポプラ社の本ってすごく良い本ばかりで、選択肢がたくさんあるんです。
おじさんがおすすめする本を見ながら、へぇ、こんな本があるんだ、とか、こんな人だとこういうのがおすすめなのか、とか、選択肢の多さを実感してもらえると嬉しいですね。
その中のどれか一つがすごく刺さって、読んでもらって「うわぁ、この本に出会えて良かった!」と思ってもらえるともちろんそれが一番です。

丁寧に語ってくれる畦地さんだったが、一言一言には強い意志が混じっていた。
その情熱に押されつつ、どのように「あるかしらMTG」を設けたかと尋ねると、「最初は不純な動機だったんです」と語り始めた。

発端はInstagram担当になったことですが、もともとSNSは大の苦手。
とはいえ何かせねばという思いで、投稿するための素材が欲しく、おじさんを活用したくて皆さんに知見を借りようと思いました。そのために集まってもらったのが「あるかしらMTG」のきっかけです。
動機が不純でごめんなさい。あと、ちゃんとInstagram投稿します……。
最初は営業の人たちに個別で相談していたんですが、編集部でもキャラクターを活用しようという話が上がっているらしいという噂を聞きつけて、それならば営業・編集・宣伝みんなの意見を聞く会を開こうと思い立つ、の流れでした。


営業、編集で意見を言いあい、連携してプロジェクトを遂行する。あまりに美談すぎて飽きてきた私だったが、「でも、そう簡単には行きませんでした」との言葉に、ついコーヒーをおかわりしてしまった。

「あるかしらMTG」で決まった方針。その内容を共有していた編集部会議の場。そこで波乱が起きた。
「ピュア吉はどうするんですか!」
声を荒げたのは文芸編集部の鈴木さんだったという――。

実は一般書編集部には既にイメージキャラクターが存在した
否、正確に言うと「ポプラ文庫ピュアフル」のイメージキャラクターである。


ポプラ社にはポプラ文庫とポプラ文庫ピュアフルという二つのレーベルが存在する。
文芸作品などを主とするポプラ文庫に対し、ピュアフルは青春小説やライト文芸を中心としたレーベルとしてすみ分けが行われてきた。
そのピュアフルのイメージキャラクターとして、ハチワレ猫のピュア吉が存在したのだ。

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(社内でもファンの多いピュア吉。かわいい)

ピュア吉のキャリアは長い。
前身である「ピュアフル文庫」の時代から10数年に渡ってイメージキャラクターを務め、「本の雑誌」の「文庫キャラクターベスト10」ではひっそりと4位にランクインしたほどの人気を誇るのだ。

ポプラ文庫の応援大使に「あるかしらおじさん」が就任したと聞いたときは喜びました。
ポプラ文庫には他社のようなマスコットキャラクターがいなかったからです。
「あるかしらおじさん」はとっても可愛いですし、おすすめの本を紹介してくれるキャラなんて、素敵じゃないですか。ポプラ社の文庫をもっとたくさんの人に知ってもらえるきっかけにもなるなと思いました。
だから「イイっすね~!グッズ展開もしましょうよ~」と笑っていたんですけど、編集長の発した次の言葉に衝撃を受けました。
「おじさん推しでいくから、ピュア吉は卒業ということで……」

「まさかピュア吉が放牧されようとしているとは……」とつぶやいて、鈴木さんはハイボールを一気に飲み干した。


文芸編集部のSNSなどウェブ周りを担当する鈴木さんは、ピュア吉を積極的に展開させようと努力していた一人だった。

(twitterのピュアフル文庫アカウント。ときどきピュア吉が現れる)


twitterのフォロワーも増え、地道ではあるが少しずつピュア吉の認知度が上がってきたそんなときに、あるかしらおじさん就任。
しかもピュアフル・ポプラ文庫共にイメージキャラクターを務めるという。
このままピュア吉はいなくなってしまってもいいのか?

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(雪だるまピュア吉。こんなにキュートなのに……)

ポプラ文庫ピュアフルをもっと盛り上げていこう、と奮起しているのにマスコット・ピュア吉は消えようとしている……。
ピュア吉存続派は、ピュア吉の生みの親である営業Oさん、ピュアフル編集長、私……とごく少数。
「同じ社内でキャラクターが二つもあるとわかりづらい」「統一感がなくなる」など、もちろん卒業を薦められる理由はあります。
ですが、ポプラ文庫ピュアフルはポプラ文庫とはまた少し違う独自の路線を目指そうと話していたので、マスコットが別にいてもいいのではないかと思いました。
あ、誤解のないように言っておきますが、私は「あるかしらおじさん」も大好きです。
皆さんにはぜひ「あるかしらおじさん」を応援してもらえると嬉しいです。
その脇でピュア吉のことも、こっそり可愛がってあげてほしいだけなんです。

鈴木さんの取材を終えた時は、とっくに終電は終わっていた。
頭が割れるように痛むが、これで全体の整理はできた。あとはその後の展開をメールで聞けば十分だろう。
テーブルに突っ伏す鈴木さんの横にお金を置き、私はふらふらと帰途についた。

その後の展開をみなさんに教えてもらった。


営業部では畦地さん中心にどんどん展開を広げている。
「あるかしらおじさん」入りの名刺を作成したり、風船を作ったり
宣言通りInstagramでも写真をアップしているそうだ。

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(手作り缶バッヂ。Instagramでは商品化希望!の熱いコメントも)

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(あるかしら風船? いろいろグッズ試作を続けているのだ)


編集サイドは鈴木さん中心にSNSでの取り組みを行い、twitterで「あるかしらリクエスト」を実施


twitter上で「こんな本が読みたい」というリクエストを受けつけ、その条件にぴったりな本をあるかしらおじさんがオススメしてくれるという試みだ。
どんな難題もあるかしらおじさんが的確なオススメ本を返し、巷では「あるかしらおじさん無双」と呼ばれたとか呼ばれていないとか。

なお、「あるかしらリクエスト」は今日から第二回を開催中(4/24~26)
GWの読書にお悩みの方は、ぜひあるかしらおじさんに相談してみてはいかがだろうか。

記事をまとめていて、ふと思った。
誰一人、仕事をやらされていない。
「あるかしらおじさん」という存在を中心に、自分からこんなことをやりたいと願い、考え、情熱をもって動いている。取材をした全ての人の目が輝いていた。
「あるかしらおじさん」のイメージキャラクター就任。その本当の狙いは、実はそこだったのではないか


ふたたび訪れた薄暗い地下の喫茶店。
そこで問いかけても、吉川さんは無言で苦笑するだけだった。

「吉川さんは、あるかしらおじさんに何を願っているんですか?」
質問を変えて、目標を聞いてみた

世界中の人々にポプラ文庫の面白さを伝えてもらいたいと思います。
おじさんには、それができる。

吉川さんはまっすぐな眼差しで、きっぱりと言い切った。
はじめて目を合わせてくれた瞬間だった。

あるかしらプロジェクトはまだスタート地点にたったばかり。
なにができるのかわからないし、イメージキャラクターは戦国時代。
しかし、この「あるかしらおじさん」ならば、何か楽しい展開がなされ、多くの人に愛されるのではないだろうか。
そして、本の魅力をたくさんの人に届けられるのはないだろうか。


取材を一通り終えた時、そんな願望にも似た予感を持っていた。
なにより、関わる人々の情熱。
「あるかしらおじさん」を心から愛し、自社の本を愛している。


私は今まで、自分の仕事をちゃんと愛してあげられていただろうか。ノルマを達成するための埋め草として取り組んでいなかったか。
ふと、最後に見せた吉川編集長の苦笑と、急に今回の取材を振ってきたデスクの笑みが重なって消えた。

テープを鞄にしまい、地上に向かう階段を上る。会社に戻って記事をまとめる前に、ちょっと寄り道しようと思っていた。
畦地さんに教えて貰ったカフェ。あそこにもう一度行って、取材許可を取り付けてこよう。たとえ断られても、何度だって。


階段の先には、白い線を引いた気持ちのいい青空が広がっていた。


※どうすればポプラ文庫にキャラクターが就任したことについてフラットに紹介ができるか悩みに悩んだあげく、気づいたらこんなことになっていました。
この物語はもちろん多分にフィクションですが、関係者の発言(引用部分)は真実で、それぞれにインタビューした言葉をそのまま掲載しています。
自分で言うのもなんですが、ポプラ社には素敵な文庫がたくさんあります。
その魅力を少しでも届けたく、応援大使として「あるかしらおじさん」が就任いたしました。
一般書の営業・編集が一丸となって盛り上げていきたいと思っておりますし、それを機にポプラ文庫にも興味を持って貰えると嬉しく思っています。
「あるかしらおじさん」とポプラ文庫を今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
(取材・文:文芸編集部 森潤也)

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