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あのう、この本まだ重版がかかっていませんが <小野寺史宜さん『ナオタの星』>


あのう、この本まだ重版がかかっていませんが。

「おいおい、どこに目つけてんだよ。これ売らなくてどうすんだよ!?」

ポプラ社の社員が炎上覚悟で伝える「この一冊」。

「読んでもらえたら、この本が好きだっていう人、もっといるはずだよね。重版がかかってないなんて悔しい」。
社内の少なからぬ人間がそう思っている本がある。
だが、悔しいだけなら、版元としての敗北だ。自分たちは前もって中身を読んでいるから、その面白さを知っている。なのに、もしその魅力にふさわしい読者を獲得できていないと感じるなら、伝えきれていない自分たちがダメだってことじゃないのか。

新刊時の興奮が去ったあとも、その本のことを思い出すと黙っていられない本がある。
それが3年前の本だってかまわない。誰かが本気で「これは」と思う自社本のこと、もっともっと知ってもらいたいと思うその本のことを、ありのまま正直な気持ちで話してみたら? 

……というわけで、同志でこの企画を始めることにした。
思い余ったポプラ社の社員が、自社本について忖度ぬきで語ります。

この企画で取り上げる本のルールはただ一つ。

まだ重版がかかっていない本。

第一回は営業部の畦地奈生さんが語る、小野寺史宜さんの『ナオタの星』です。

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※重版がかけられていない力不足を著者にお詫びしたうえで、この企画で取り上げる旨を許諾頂いております。

突然ですが、どうしてもブレイクして欲しい作品があります。
というか、この人の作品、すべてブレイクすれば良い。
私はそう願って止みません。

それが、小野寺史宜さんです。

「いやいや、ブレイクしてんじゃん!」
という突っ込みが入ることは百も承知です。
2019年の本屋大賞二位に選出された『ひと』でご存知の方も多いでしょう。
だから、ブレイクしてますよ、と言われると、私も、首を縦に振るしかない。
そう。そうなんです。ブレイクしてます。
『ひと』の受賞、ブレイク、本当に喜ばしいことです。

でも、その喜びと同時に抱えることになった、この胸のもやもやはなんだ。

小野寺さんの作品が、たくさんの人に読まれているのは、すごく嬉しい。
その気持ちに嘘偽りはありません。
本当に嬉しい。わかっています。『ひと』は素晴らしい。
しかし、ある思いが、私の胸の内でぐるぐると渦巻いています。

『ひと』だけじゃなくてさ、あるじゃないですか。
『ナオタの星』という作品が!!!!!

代表作や注目作がある作家の著作の中にも、
あまり広く知られていない本があります。
『吾輩は猫である』や『こころ』は知っているけれど、
『行人』は知らないという人は多いでしょう。
(もし、日本文学によく親しまれていて、
『行人』の大ファンだという方が読まれていたら
申し訳ない気持ちでいっぱいです……。)

どんな著名な作家でもそういうことはある。
『ひと』は知っているけれど、
『ナオタの星』は知らない、という方、
多いんじゃないかと思います。

でも、その事実が私は悔しい。

『ひと』に重版がかかるなら、
何故、『ナオタの星』に重版がかかっていないのか。
どっちの方が良い本とか、そういうことではありません。
物語に優劣なんてないです。
しかし、本屋大賞二位受賞の帯が巻かれた『ひと』の表紙を見ると、
『ナオタの星』のことが、つい頭をよぎってしまうのです。
なんなら、『まち』がたくさん書店さんに並んでいるのを見たときにも
『ナオタの星』のことを思い浮かべ、
小野寺さんの新刊を書店さんで目にするたび、
『ナオタの星』のことを思い浮かべ、
『みつばの郵便屋さん』の新刊の話を自社の会議で聞きながら、
『ナオタの星』のことを思い浮かべていました。

読者にきちんと届いていない、ということは本当に営業として恥ずかしいことです。

何やってんだ、自分。

本来は、届けられなかった不甲斐なさを腹の底にぐるぐる渦巻かせながら、
「私の力不足でした」と絞り出すように呟くのがやっとです。
でも、この企画だからこそ、今日は腹の底から叫びたい。

まだたくさんの人に届けられていない、小野寺さんの本、あります。

さて、前置きが長くなりました。
今回は、営業部の畦地が一冊ご紹介させて頂きます。
ナオタの星』(ポプラ文庫/小野寺史宜)。

最初に言います。

負けました。

おすすめポイントを簡潔に伝えるプロであるべき営業が、
こんなことを言うのはとっても悔しいのですが、
この本をお勧めするのに、どうしても短い言葉じゃ伝わらないんです。

どんなキャッチコピーを持ってきても、その一文でこの物語の魅力を存分に伝えることが出来無い。

「感動」「号泣」「戦慄」「驚愕」「ほっこり」「青春」「爽快」……。
帯に書かれそうないろんな言葉がありますが、
この物語のキャッチコピーになれる言葉が見当たらない。

強いて言うなら「フツーの物語」だと、私は思います。

何を言っているかと思われるかもしれないのですが、本当にフツーなんです。
しかし、これだけでは語弊があるので詳しく説明しましょう。
ここであらすじです。

会社を辞めてシナリオ作家を目指す小倉直丈は、新人賞に応募し続けるが落選ばかり。そんな折、プロ野球選手として活躍する小学校時代の級友から、奇妙な仕事を頼まれる。蟹座のB型、おなじ星のもとに生まれながら圧倒的な差がついてしまった同級生の「頼みごと」、なんと、同級生は自分の妻を尾行して欲しいという――。

「待て待て、普通じゃないでしょ」と思ったあなた、正しいです。
小学校時代のクラスメイトがプロ野球選手ってレアですよ。
しかもそのクラスメイトから「尾行」を依頼されるなんて、絶対に普通じゃない。
推理もの?そうじゃなきゃサスペンス?と思われるでしょう。そうでしょう。

しかし、なんと、この尾行、あっけなく失敗します。
すぐに、尾行対象である奥さんにバレます。
推理ものでもサスペンスでもこんな展開ありません。
では、どうなるのか。同級生の奥さんと不倫関係になる恋愛ものなのか、というと
奥さんと主人公の関係が発展することも全くありません。
じゃあ何が起こるの⁉と思われるでしょう。
えぇ、何も起こりません。
この後も、続々と「何かありそう」なことが起こります。
しかし、なんと、何も起こりません。

なのに、気になって最後まで読んでしまう。
ページを捲るのがなんだか心地よい。
これはもう、小野寺さんの魔法だとしか言いようが無い。

なんといっても「フツー」なんです。
プロ野球選手になったクラスメイトから、奥さんの尾行を頼まれる。
奥さんに尾行がバレる。
もちろん、まだまだ物語は続きますが、
これだけのことが、すごい「フツー」に読めるんです。
まず、主人公のナオタがあまりに「フツー」です。
正義感に燃えるわけでも、凄まじい才能があるわけでも、
目覚ましい成長を遂げるわけでもない。(尾行も失敗しているし……。)
どちらかといえば「いい人」だけど、
「善人」と呼ぶには足りなくて、当然「悪人」でもない。

とはいえ、ナオタの周りの人間関係は複雑です。
同級生の奥さん(尾行相手)。
長年付き合った元カノ。
風俗店で働く初恋の相手。
アパートの上階に住む女の子……。

しかし、これだけ、「なにかありそう」と思う登場人物が揃っていながら、なんと、物語で期待されてしまいがちな、「なにか」は起こらないのです。

いや、しかし、良く考えてみて下さい。
わたしたちは物語の主人公のように生活しているでしょうか。
色んなバックグラウンドを持つ知り合いと、
物語のような展開に発展することが人生でどれだけあったでしょうか。

寧ろ、大きな物語になりそうな何かを横目に見ながら、当たり前の日常を歩んでいることの方が多くないでしょうか。

『ナオタの星』では、主人公のナオタの生活が、あまりに「フツー」過ぎて、
まるで目の前のことのように、自分のことのように、
隣にいるあの子のことのように読めます。
読んでいるうちにナオタが小学校から一緒だった、
よく知っている友人のような気がしてきます。
ナオタの日常や考え方があまりに「フツー」なのに
なんとなく気になって読み進めてしまいます。
本当に、不思議な読み心地です。
どういうことなの、これは。
未体験の感覚に、読了後、本を閉じて、感じたことの無い余韻に浸っていました。
良かった。本当に良かった。
その理由は何なんだろう、と、ゆっくりと考えないとわからないくらい、
あまりにも自然に心に沁み込んでくる物語なのです。

主人公のナオタの言葉に、こういう言葉があります。

時々、自分の何もなさにびっくりする。あまりの圧倒的な、何もなさに。(239ページ)

この一文を読んだとき、わたしも、人生で何度も、
彼と同じことを思ったのだと気が付きました。
他人と自分を比べたり、個性を大事にしなきゃと焦ったり、
自分にしかできない何かは無いかと探してみたり。
そんなことを、何度も何度も繰り返してきた。
特別な誰かになりたい、というぼんやりとした思いがずっとつきまとっていた。
それこそ、自分に「物語的な何か」を求めていたのだと思います。

それを、この本は、肯定も否定もしない。
「特別になりたいなんて思うのはやめなさい」とも、
「誰だってきっと誰かの特別な人」とも、
「あなたにだってきっと特別な何かがある」とも言わない。

そういう押しつけがましいところが一切ない。

「これだ!」というメッセージを突き付けられることが無い。

忙しない日常を駆け抜けていく間に、
知らず知らず浅くなっていた呼吸が、
この本を読んでいるうちに、
いつの間にか、ゆったりとした呼吸に変わっている。
そういう心地よさが、この本にあります。

芸能人のゴシップより、異世界の英雄譚より、旧友の近況を知りたい、
という感覚をお持ちの方、ぜひ手に取ってみて下さい。
そういえば仲の良かったあの子、いま、どうしているかな。くらいの感覚で
読める物語なんてそうありません。

「物語的な何か」ではなくて、
染み入るような日常の「フツー」を、
この物語で感じて欲しい。
そうして、ちょっと肩の力を抜いてホッとする読者の方が、
ひとりでも増えたら感無量です。

ああ、この良さをなんとか、未来の読者に伝わるように帯に収めたい!と思うのですが、
悲しいかな、帯の幅には限りがあるので、noteで語らせて頂きました。

最後に、わたしの好きな会話を本文よりひとつ。

「うん。テキトーにがんばるよ」
「本気でがんばんなさいよ、バカ。じゃあね」
「じゃあ」(408ページ)

こういう、ナオタらしさが好きなのでした。


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▲小野寺史宜『ナオタの星』発売中!

少しでもご興味持ってくださった方が、この本に巡り合ってくれることを、ポプラ社一同心より願っております。

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