ふたりの翼。#001

#001 「はじまりの夜。」

真っ暗な空間に、蛍のような小さな光が灯った。

彼がタバコに火をつけたのだ。

「まっ、愛する意味とか、愛される幸せとか、俺はよくわからないし…」

彼はそう言うと、天井に向かって、気だるそうにタバコの煙を吐き出した。

暗闇の中に白い煙がすっ…と、のみ込まれていく。

「つか、愛とか恋とかには、興味がないんだよね、基本。その時その時に、楽しめればそれでいいと思ってるから、長く同じものを維持するのが面倒なのかも…。なんて、こんな俺のコト、軽蔑しちゃう?」

コトが終わってから、ずっと暗闇の先にある天井を見つめて話していた彼の視線が、横に寝ていた私の方へとようやく移動した。

暗闇に慣れた目で、私は彼の眼差しをきちんと確認する。

私は彼の問いにはすぐに答えず、黙って吸っていたタバコを取り上げると、ベットのすぐ横に置いてあった灰皿でもみ消し、こう答えた。

「あなたに興味はないから、軽蔑する必要もないよ」

すると彼は、しばらくキョトン…としたような顔で私を見つめていると、今度はいきなり大笑いし、

「俺、君が気に入ったよ。俺の恋人とかになってみる気はない?」

と突然言い出すと、急にさっきとは全然違った優しげな瞳で私を見つめ、そっと頬に手を伸ばしてキスしようとしたので、

「そんな気はありません!」

と、私は即答し、そんな彼の甘ったるい空気を突っぱねるかのように、ベットから起き上がった。

「早っ!考える余地もないっていうワケですか…」

「だから、興味がないの…」

私は次々と出てくる、彼の突拍子もない発言と行動に、内心少し動揺しながらも、ただ淡々と自分の言葉を暗闇の中で繋げた。

「今って、すごくそれっぽい空気だったのに…。君は全然流されないんだ」

彼はそんな私の態度に何故かまた大笑いし、

「やっぱ、君はおもしろい人だね~。俺はすっごい興味がわいてきたよ」

と言って、自分もベットから起き上がった。

「明かりつけるよ…」

「あっ!ちょっと待って。今シャツ羽織るから…」

私は足元に無造作に置かれていたシャツを手に取り、慌てて羽織る。

でも羽織った瞬間に、それは私のではなく彼のシャツだと気がつき、私が再度自分のを手に取ろうとしたら、視界は暗闇から薄暗い世界へと変わってしまった。

「ちょっと待ってて言ったのに!」

驚いた私は少し声を上げ、何気に彼の方を振り返った。

するとそこには、彼の後ろ姿が裸で当たり前のように存在していて、私はその姿に目を奪われた。

なぜなら、薄暗い視界だったせいか、彼の身体がとても美しいモノに見えたからだ。

ほどよく筋肉のついた腕に、しゃんと姿勢よく背筋が伸びているその背中は、

肩胛骨がまるで小さな翼のよう…。

私は無意識のうちに、その部分に触れてみたくなり、思わず手を伸ばしていた。

「あっ、ゴメン。君がいい…て言うまで振り向かないから大丈夫だよ」

そう言った彼の声で私は我に返り、伸ばした手をすぐさま引き戻した。

「でも、やっぱりそういうところは普通の女の子なんだね。君のコトだから、全裸でも気にせず…」

「いくら興味のない男の前だからって、恥じらいくらいあるわよ!そもそも、恋人でもない人と、こんなコトするのだって初めてなんだから!」

勢い余って私はこんなコトを彼に言い放ってしまった。

と同時に、ふと自分がマズイコトを口にしてしまったのに気がついた。

でも、そんな私の言葉に、彼は振り返るコトもせず、短い沈黙を経てから、

「やっぱり…。真面目な人だと思ってたから、本当はこんなコトになって正直驚いてたんだ。それじゃ、どうして恋人でもない興味もない男と君は寝たの?」

と、彼は淡々と予想通りの疑問を私に投げかけた。

自分の発した言葉により、私はさすがに少しパニクっていたが、ここはあくまでも彼に淡々と接しなければいけないと思い、自分の冷静さを取り戻すため小さく深呼吸をしてから、彼の問いに答えた。

「興味が全然ないというのは嘘…。でも、別に何か特別な感情があるワケじゃないからね。ただ、いつも誰に対しても愛想よく気さくな雰囲気を維持したまま、何でもしれっ…とやりこなしているあなたが、普通の男と同じように、ただ本能で動いている姿を見てみたかっただけよ…」

私にしては、この状態でよくもこれだけ頭と口が動いたものだと思えるくらいの“理由”を、彼に返した。

きっと軽蔑されるのは、私の方だろう…。

案の定、薄暗い部屋にはしばし沈黙が流れ、私はさすがに彼を怒らせたと思った。

でも、沈黙を破ったのは、私を罵倒する言葉ではなく、ベッドを叩きながら大笑いし始めた、彼の声だった。

「いや、もう最高!そんなコト女の子に言われるなんて、俺の人生では予想してなかったよ。

君って、何か男の心理…みたいなのを研究してる人なの?」

「えっ?…そういうコトしてるワケじゃないけど…」

「だったら、やっぱり俺個人に興味があったんじゃないの?単に、俺がどんな風に君を抱くのか…てね」

「そんなコト…そんなんじゃないわよ。だから私はあなたに興味は…」

と、私が彼の言葉を無理矢理否定しようとしたら、

「で、ご感想は?俺と寝てみてどうだったの?」

彼がまたいきなり話を切り返してきたので、私の否定は、肯定に切り替わるコトはなかった。

「どう?…て。ふっ、普通よ!普通!…他の男性と大して何も変わらなかったわ…」

どう話を返しても屈しそうにない彼の発言に、逆に自分が振り回されないよう、私は精一杯強気で言葉を並べ、じわじわと湧いてくる恥ずかしさを、抑えるのに必死になっていた。

きっと今顔を見られたら、薄暗い中でも、私が赤面してるのが簡単にはバレてしまうだろう。

彼が私の言葉に何ら動されず、ずっと私に背を向けたまま話しているコトが、この時は唯一の救いだった。

彼が次に何か言い出す前に、私は今のうちにさっさとこの場からどうにか避難したいと思い、

「ゴメン…。バスルーム借りるね。もう帰るから…」

と言って、ベットから立ち上がると、自分の服を急いで手に取り集め、寝室のドアを開けようとした。

「普通だったんだ、俺…」

と、彼がまた話し出した。

「えっ?」

「いや…。俺に興味ない…というのはしかたないとしても、セックスが“普通”てアカラサマに言われるのは、何かさすがに男としてはこたえるやぁー」

彼がそんなコトを言い出したので、私はドアノブに手をかけたまま、彼の方を振り返ってしまった。

すると、何気に彼の後ろ姿が、アカラサマにガッカリしてるように見え、思わず瞬時に笑い出してしまった。

それでも彼は振り返るコトはせず、

「そこは笑うところじゃありませんよぉ~」

と、可愛らしい口調で言ったので、私はさらに大笑いし、

「…そんな真に受けなくてもいいじゃない。あなたこそ、そういうところはやっぱり男の子なのね」

と、さっき私には彼が言ったような台詞を真似して言った。

彼のそんな予想外の反応に、私の恥ずかしさはいつの間にか消え去り、

「もう振り返ってもいいわよ…」

と彼に告げてみた。

すると彼は小さなため息をした後にやっと振り向くと、少し遠慮した感じで私の方を見て、

「君って意外と意地悪なんだね…」

と言って、苦笑した。

私は、そんな彼の姿を見て、不覚にもはじめて“かわいい”と思い、

「…嘘よ」

「えっ?」

「私が知る限りでは、今までで一番いいセックスでした…」

と、彼に初めて笑顔で言葉を投げかけると、私は寝室のドアを開け、そのままバスルームへと向かった。

すると、閉まりかけたドアの隙間から、彼の笑い声が聞こえ、

「ねぇー!お風呂、一緒に入ろうよぉ~」

と、大きな声で呼び掛けてきたが、私はわざと聞こえないふりをして、バスルームのドアを閉め、壁にもたれかかりながら、小さな声でしばらく笑っていた。

そして、その時はじめて、自分が彼にずっと興味を抱いていたコトを、素直に認めることにした。

ただし、それが恋に発展する興味なのかは、まだ自分でもよくわからなかったけど…。

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