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水着や下着がこわい

※性虐待被害、性犯罪被害によるトラウマ症状やフラッシュバックの不安のある方はお控えください。







娘の保育園でプールの授業の時期がやってきた。
身体に合うサイズの可愛いものを選んであげたいけど、具合が悪くなり辛い。去年と同じ水着で大丈夫そうだから、買いに行かなくて済んでホッとした。
昨年はじめて買ったときは、性被害に繋がるようなことがあってはいけないと、血眼になって探してフラフラになった記憶。

自分のことで言うと、幼稚園のころからスイミングスクールに通っていた。親曰く抵抗力免疫力が上がり風邪をひかなくなるらしいからと。小3で部活が始まる前くらいまで通ってたかな?性被害にあった彼女と一緒に通っていたから、あまり記憶が思い出せない。

そして、幼稚園、小中高ではプールの授業が無かった。(高校は普通は無いのかな?)
小学校のときに近所の海で、年に1日だけ水泳教室(という名の全校海水浴)があった。強風悪天候で波が高いと、延期ではなく中止。なので開催されない年もあった。
海も苦手なのでホッとしていた記憶。ひんやり海の中に入って泳いでいる時はすき。田舎なのでほとんど人がいないのも良かったのだけど、遊び終わったあとに感じる海水のベタベタと水シャワーや脱衣室が苦手。海を眺めるのは今でもだいすきなのだけど。

そんなわたしは下着売り場に行くことが怖くて、自分が女性用のランジェリー的な下着を付けることも苦手だった。
小5で周りの流れに乗りスポーツブラを付ける→中学に入ってブラジャー的なものに進化→ずっとブラジャー的なもの期間が続く→25歳頃ノンワイヤーに出会う→26歳頃ブラトップを知る→それからずっとブラトップ。
いわゆるブラジャー的なセパレート下着が怖い。
胸が垂れるのも仕方ない。それよりも締めつけのない下着のラインの出ない楽なブラトップが安心できた。
娘に授乳していたときも、産前から用意していた授乳用の前開きブラが付けられなかった。気持ち悪くなって、涙が溢れてきた。結局ブラトップに母乳パッドをつけてなるべく普段通りを意識して、フラバを回避した。

大切なたからものである娘に授乳をしたかったから。授乳も、オムツを変えることも、お風呂に入れることも、娘に触れることも、わたしにとってはフラバとの戦いだったから。お産も。それはまたいつかゆっくり書こうと思っている。
幸せな気持ちに包まれて育児をしていても、一瞬で真っ暗な渦の底に落とされる。自分が汚らわしい存在に感じて後戻りしてしまいそうになる。それを繰り返して今日まで来てる。
娘はなにも悪くない。悪いのは性加害者や社会だ。
フラバして、戦って、意識が現実に引き戻された時、娘の存在の尊さを再確認して抱きしめる。ありがとうと、伝える。絶対守る。

最後に記憶をひとつ。下着で1番思い出してしまうのは、友達の家での性虐待被害。
黒い下着、レース生地、ガーターベルト、原色の派手なネイル、香水、タバコ、酒
逃げられないあの部屋、と連鎖で蘇る。打ってて動悸と冷や汗が出てきた。

今ではこうして、あぁ、フラバを起こすから苦手で怖いんだとわかるけど、理由もわからずずっと苦しかった。下着売り場も目を逸らして早足で通り過ぎて避けてた。チラシや雑誌やネットの広告も、とっさに心臓バクバクしながら避けてた。
セパレートタイプの服や下着や水着が苦手なことで、将来身体が発達してきて娘の下着選びするときも、娘の気持ちを尊重したいとは思いつつ、不安。

いつか小学校のプールも始まるんだよね。いつか娘に生理が来たり、成長に合わせた下着を買ったりする時期が来るんだよね。
と、その時々の対応を考えると今からこわいけど、娘と夫と一緒に、1歩ずつ向き合っていく。
それも含めてこの町に住むことを決めたのだから。
わたしには経験のない大きめの小学校に通うことも不安だけど、保育園も楽しんで通ってくれていて、保育園未経験のわたしと夫も、本当に楽しませてもらっているし、成長させてもらっている。
私と同じことを、娘には繰り返させないために、ひとつずつ進んでいくしかない。1歩ずつ。

まずは娘が、夏という季節を楽しんで、お友達や先生といっぱいいっぱい思い出つくって過ごしてくれたら、うれしい。もちろん家族でもいっぱい遊びたい。水着も下着こわいけど、がんばれる。

まとめ
性虐待とか性犯罪被害ってほんとに呪縛みたい。
なにか考えたり行動するとき、基準がそこだから。
でもそれが自分。無理なくでいいから、すこしずつそれを受け入れたい。そう在って当然なんだから。