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可能性に賭けずにはいられない


はじめてステージに立った時、見上げるお客さんたちの視線に触れた時、あ、ここだ、ここが居場所だ、なんて確信に似た気持ちを覚えた。

キャパシティ100人もいかないようなぼろっちい小さいライブハウスのステージの上で、遠慮なしに光る照明に照り付けられた私は、抑えきれない震えとブワッと粟立った鳥肌を意識しながら、笑う。超引き攣った笑顔だったよ、と後に友人から言われたその笑顔は、後にも先にもこの場所以外で感じることのないであろう感動と期待に対しての怖いくらいの歓喜のそれだ。

毎日毎日繰り返し、何時間も練習した3曲の歌を歌い上げた。
そこそこお客さんを集めることのできる、界隈では名の知れたバンドのオープニングアクトとして出演した私は、無難に有名バンドのコピー曲を演奏したわけだけれど、ここで自分の作った、自分だけの曲を演れたものなら、どれだけ気持ちがいいのだろう、と歌いながらも想像してしまった。
あたたかいお客さんたちは、初めてステージに立つ私を大きな拍手で迎え入れてくれて、声援をくれた。
でも欲張りな私は、足りないと思った。当たり前だけど、フロアに広がるのは、私の後に出番を控えるバンドのお客さんだらけで、誰1人私の名前すら知らないのだ。知って欲しいと思った。私の名前を呼んで、私の演奏を、歌を、聞きにきて欲しいと思った。私のために、彼らの、彼女らの時間とお金と労力を使って欲しいと思った。

「本気で音楽やるわ。一番を目指す」

そんな夢を掲げたのが初ライブ後の17歳の夜だった。
打ち上げの席で、周りの大人たちが酒を飲む中、ひとり甘ったるいカルピスを飲みながら、酔っ払いよりも暑苦しい熱度で語る。他のバンドのメンバーから、いいぞいいぞ女子高生!なんてヤジが飛ぶ中、私はやってやると決意を固めていた。

その日からあっという間に10年。
私は27歳になった。

『本気でやった』音楽は、たいして大成はしないまま、私はただ音楽を続ける27歳のフリーターになった。
「いつ売れんの?」と心ない言葉をぶつけてくる親兄弟よりも、「まだ続けてるんだ!すごいね!」と嫌味なく言ってくる旧友の方が残酷だと感じるようになった。
そうだよまだ続けてる。いい歳して、まだ続けてるんだよ。

そこそこお客さんがついて、そこそこライブにも人が集まる。それこそそう、私が初ライブでオープニングアクトを務めたライブのメインバンドよりはずっと、『名の知れた』ミュージシャンにはなれたはずだ。
それでも、食ってけるほど売れなかった。それだけのことだ。

30から大成するような遅咲きのミュージシャンがいないわけじゃない。だけどそれは稀な例であって。そんなごくごく一部の奇跡的なもののせいで期待を捨てられないまま、ここまで追ってきた夢を諦めきれないまま、私はギターを持って、未だ歌い続けている。
白状しよう。もうこうなってしまっては意地だ。
10年間続けてきた、という消えない過去を無駄にしたくない。いくつになっても結果すら出せれば、続けてきてよかったと思えるのだ。

600円近くまで値上がりしたメビウスを咥えて、吐き出す白い煙を目で追う。このタバコ一箱買うのに、時給1200円のフリーターの私は30分の労働を強いられる。そんなことを考えてしまう27歳になってしまったことが、とてつもなくむなしい。
古くからの友人や同級生はみんな結婚やら出産やら私よりもいくつも上のステージに立っている。キラキラとした生活の一部をSNSで見るたび、他人事のように感じる。私にはない世界。私とは違う世界で、彼女たちは生きている。

私はいまだ、古びた小さなライブハウスの、照明がガンガンに当たる、あのステージから動けないでいるのに。

ライブの打ち上げでは、いつのまにか瓶ビール片手に、夢語る若い奴らにヤジを飛ばす側になった。同じ世界にいるはずなのに。同じ目線で暑苦しく夢なんて語れないのだ。10年燻っているうちに、私の胸の中にあった熱気と炎は静かに勢いを弱めて、鎮火されていった。
「30までは頑張る」
同い年の仲間が言う。
まるで呪いにでもかけられているように。
30で、やっと解放される呪い。

ライブをする。フロアから注がれる、ステージへの視線。私への視線。見られている。私を見てくれている。私がひとこと声を発すると、それに呼応するように、泣いたり、笑ったりする表情が見える。
笑われるかもしれないけれど、私はいまだ、このステージに立つと、鳥肌がたったり、震えが止まらなくなるような瞬間だってある。
おかしいよね。10年おんなじステージにいるのに。10年変わらない場所なのに、私はまだ感動と期待を覚えているんだ。

本気で音楽をやる。一番を目指す。

甘ったるいカルピスの引っ付いた、からっからの喉で、暑苦しく夢を語る17歳の私を、
まだ、裏切れずにいるんだ。

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