マガジンのカバー画像

【短編小説】赤い月は見ていた

2
連載中です。
運営しているクリエイター

記事一覧

【短編小説】赤い月は見ていた 第二夜

第二夜 丈くらべ トラウザーの丈は、誰の身体を基準にして考えられているのだろう。 試着室用に置いてあるハイヒールはどう見てもまともに歩けるようなものではなかったけれど、せっかくだから足を入れてみる。すると鏡の向こう側に、理想的なラインの女性が現れた。その美しい形は想像以上で、自分に嘘をついているような後ろめたい気持ちになって思わず目を逸らした。裾を上げれば当然、失ってしまうものがある。身体に服を合わせるのか、服に合わせて靴を選ぶか。ヒールの高さとカットする生地、その我慢の

【短編小説】赤い月は見ていた 第一夜

第一夜  ラッパと挫折 「トランペットをお返しします」 まるで自身とは別人の鈍感な女を演じ、精一杯の明るい声で言う。 断ることが苦手だった。そこが弱点だと自分でもよく分かっている。 それでも明日、42回目の誕生日を迎える前にこうして肩の荷を降ろすことができた。自分の行動の後始末を自分で出来たのだから、もう上出来ではないか。 慣れないことをしたせいで酷く頭痛がしている。脳と連動しているのか疲れが眼にもきていた。終わってしまえば身体も心も楽になると踏んでいたからこれは想定