天は看護師の下に介護士を造らず

情報化社会の進展はすさまじい勢いである。先日の新聞によれば、飛行機に乗っているとき体調を崩した乗客が出た場合、機内放送で「お客様の中でお医者様はいらっしゃいますか」のアナウンスが無くなる方向らしい。事前にどこに医者が居るかが把握できている(本人の登録によるらしいが)ので、スムーズに事が運ぶとの記事であった。僕は実際にそういった場面に接したことはないけれど、命に関わる非常事態だから一刻を争うという意味でも大歓迎である。

さて、医師や看護師だともしかしたらそういった場面に出くわすことがあるかもしれない。だけど、「お客様の中で、介護士の方はいらっしゃいますか」と訊かれることはまずないであろう。同じく専門職であり、命に関わる仕事をしているのに、何故だろうか。関わり方の違いではないかと僕は思う。より緊急性が高いという場面における役割分担である。救急法は知識として介護の領域でも習う。しかし医療の場合は救急医療という領域が有って、常に命のやり取りをしている人たちもいる。
決してこれは、上下ではない。

以前から介護現場には介護職と医療職(主に看護師)が居て、その関係が良好な現場は残念ながら少ないのではないかという感覚を僕は持っている。バチバチで対立関係にあるところも有れば、盲目的に看護師に依存している介護職員、という図式も見かける。専門職としてイーブンの関係で利用者に関わるべきなのに、何だか残念、って感じることが多い。

看護師にしてみれば、介護士に物足りなさを覚えている。常にエヴィデンス(根拠)を求められ、確かな評価を下していくという厳格な教育システムの中で資格を取り、様々に個性的な医師たちの指示を受けながら現場でもまれてきた看護師たちには、介護がもっと己の専門性を発揮して主張してほしいと思っている(のではないかと僕は推測している)。
一方の介護士にしてみれば、自分たちは生活全般、暮らしのすべてを支えているという自負がある。だから医師や看護師が病気のことしか焦点を当てていないような話をすると「分かってないな~」と溜息をつくのである。利用者の暮らしは病気や健康だけではなくって、それまでの歴史とか、家族関係とか、好き嫌いなどの嗜好とか、今日の天気とか、さっきの会話の内容とか、昼飯が予想以上にまずかったこととか、ふと初恋の人のことを思い出したこととか、いわゆる機嫌とか、つまりは何でもかんでもひっくるめているのである。だから単純に病気だから薬なんて言えないはず。もっと総合的にその人を捉えてアプローチしてほしい!諸々ひっくるめて理解した上で選択肢を提示してもらえたらな、と思っている。

この図式を眺めていると、僕は何だか切なくなる。好き同士なのにお互いのアラばっかり指摘し合う、すれ違いの恋愛ドラマに出てきそうな関係のように見えて仕方がない。組織的に言えば、1+1=3になれる素地があるのに活かせていないから結局それぞれの「1」でしかなくて「2」にもなれていない。
介護士になりたい若者に対し「介護士になるくらいならもっと給料のいい看護師になりなさい」なんて進路を誘導する不貞の輩がいらっしゃるから混乱してしまうのだが、世の中的には「人のお世話」をするという職業のカテゴリーに看護師も介護士も入っている。が、実際は結構違う職種であることをもっと知ってもらわなければいけない。先ほどの看護師と介護士双方の言い分を読み返してほしい。要するにお互いが足らずを持っているのである。そして、目指すところは同じである。言うまでもなく、現場で従事する看護師さんたちにも広い視野で暮らしを捉えてくれるナースがいっぱい居るし、エヴィデンスと支援の目的を明確にしてケアに当たる介護士も山ほど居る。互いの領域を貪欲に学ぼうとしている人たちの存在も頼もしい。しかしもっともっと多くの現場人たちが、異なる教育を受けて異なる視点を持った者たちの共同でアプローチ出来たら、支援の幅は飛躍的に広がり、利用者さんたちの幸せが無限に増えるのでは、と僕は妄想してしまう。

ただし、これは看護師であろうと介護士であろうと、己の専門性の向上に誠実であり、専門職として与えられた役割を全うしようとしているということが大前提だけど。「看護師だから~」とか「介護士はね~」なんて職種だけで簡単に言っちゃえるほど単純でもない。そもそも利用者さんにとってみれば「○○さん」であって、職種は関係ないので、サービスを提供している側の僕らが変にそこにこだわっているのは滑稽かもしれない。

冒頭の話に戻るけど、僕は「介護福祉士です!」と名乗ったときと名乗れなかったときがある。
名乗ったのは、あるところでボランティアをしていて、近くにいた人が急に倒れたとき。周りの人が倒れた人を囲んで右往左往していたところ咄嗟に飛び出して倒れた人を支えるのに何か言わなきゃと思ったから(別に介護福祉士だからとか関係ないけど…今になれば恥ずかしい)。
名乗れなかったのは電車に乗っていて明らかに認知症のおじいちゃんがブツブツ独り言を言っていたのに出くわしたとき。コミュニケーションとろうと思って声かけていたら車掌さんに「交番連れていきますから大丈夫です」と言われてしまいそれ以上何もできず見送った場面(介護福祉士って言ったからって何もできなかったとは思うけど)。
当時の未熟な自分を恥じつつ、いつかまたどこかで…と目論んでいる。

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