【考察】宇佐美りん『推し、燃ゆ』

『推し、燃ゆ』宇佐美りん

-聞き入れる必要のあることと、身を守るために逃避していいことの取捨選択が、まるでできなくなっている。

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推しが燃える話。第164回芥川賞受賞。21歳での受賞は史上3番目の若さらしい。
構成も描写も適度に計算されている印象。新海誠よりはわざとらしくなく、浅井リョウよりは凝ってる。主人公の属性に「あーわかる」とはならないものの、じわじわとボディーブローのように効いてくる「生きづらさ」にしんみりしがち。

※以外ネタバレ含

「自分にとってあの人は唯一の親友だけど、あの人にとって自分は沢山いる友人の一人」みたいな人間関係の非対称性を描いているようにも読める。ロバート・コヘインとジョセフ・ナイが『パワーと相互依存』で論じた「脆弱性」を思い出した。クラスの人気者であるサウジアラビア君は石油の輸出先がたくさんあるけど、陰キャの日本ちゃんはサウジアラビア君が全て。深い関係を築いている中で、日本ちゃんだけが脆弱なのだ。

事件を起こして「燃ゆ」ったのは推しの方なのだが、脆弱な主人公の方が人生を狂わせていく。アイドルファンにも色々あるようで、比較的対称な人間関係を目指した友人は割と上手くいっているようで、主人公の脆弱さが際立つ。

人間関係の非対称性みたいなのは、ワンチャン現代社会の普遍的なテーマなのかもしれない。SNSの普及で関係を築ける「候補者」が事実上無制限になったことで、お互いに認知し合う対称な人間関係が相対的に縮小して、「インフルエンサーと有象無象のフォロワー」のような非対称な人間関係が増えてきているのかも。「会いに行けるアイドル」というコンセプトで始まったAKBの系譜かもしれない。「メッセージを遅れるアイドル」と非対称な人間関係を築いて脆弱になった一般大衆というのが現代人の典型的なペルソナだとすると、この本が芥川賞を取ったのも頷ける。

ただ、救いがある(生ぬるい?)のは主人公が若い女性であることだ。アイドルのおっかけをやる主人公が「若いからいいけど、現実の男を見ないと行き遅れるよ」と大層失礼かつお節介なことを言われるシーンがあるが、意外と大事なのは前半の「若いからいいけど」という部分だ。発達障害や精神病をなどのハンデがある人の中では女性の方が圧倒的に男性より結婚しやすい傾向があり、彼女らと結婚する男性は実に様々なニュアンスを込めて「理解のある彼くん」と呼ばれる。この手のハンデが女性の「性的魅力」をほとんど毀損しないことは直感的にもわかるし、本作の主人公もそのうち「理解のある彼くん」と出会うことが予想されるので、それほど悲壮感がない。

世の人々を「困っている人」と「困っていない人」でわけても現代の生きづらさは見えにくい。むしろ実態は、「困っているときに助けてもらえる人」と「困っているときに助けてもらえない人」、そして「困っている人に求められる人」と「困っている人にすら拒絶される人」にわけられる。これは、非対称な人間関係の典型が一夫多妻制であり、現代日本で「時間差一夫多妻制」が広まりつつあることも無関係ではない。主人公は確かにもがき苦しんでいるが、同時に「最後はなんとかなるだろう」と感じさせる属性も備えている。

人間関係における脆弱性は確かに不幸だが、それでも主人公はきっと「困っているときに助けてもらえる人」だ。彼女が「理解のある彼くん」に出会える日を祈りたい。

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