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蜘蛛型戦車コバモ #3

 今日も夢の中でコバモと遊んでいた。

「疲れちゃったー。『おしまい、コバモ』」

 僕はコバモに休憩しようと呼び掛ける。

 ゆっくりと脚をまげ、お腹の入り口を開いてくれるコバモ。
 僕はピョンと飛び降りる。

「コバモ、お茶にしよ。」

 僕がそう言うと、周囲の弾痕だらけの建物や道路がゆっくりと地面の下へと沈み込んでいく。

 かわりに、テーブルが一つ、そして椅子が二つ。地面からぬるぬると現れる。

 一つの椅子は僕のお気に入りの形。むかーし、家族でキャンプに行ったときの思い出の椅子なんだ。いわゆるハイバックのあぐらチェア。色はブルー。ちょっとコバモと似ている色。
 僕はいつものように早速椅子に胡座をかいて座る。

 もう一つの椅子は、ちょっと大きめ、コバモの椅子。
 最初は椅子なんていらない風だったんだけど、それじゃあ僕だけ座ることになるでしょ。それは嫌だったから。
 でも、無理矢理じゃないよ。ゆっくりじっくり説明したら納得してくれたみたい。今ではちゃんと座ってくれてる。

 椅子の形は、ちょっと不思議。十六本の椅子の脚があって。上部で十六芒星風に蜘蛛の糸みたいなものが張り巡らされているの。

 まあ、好みは色々だよね。

 僕は早速ローテーブルに載っていたココアを手に取る。コバモも、金属製の筒のようなものを背中に接続している。

「ふー。」

 ゆっくりと喉を通りすぎるココア。飲み慣れたいつもの味。その甘さが、ちょっとはげしめだったさっきまでの遊びの余韻を洗い流してくれる。そうそう、夢だとわかっていても、不思議と味覚もいつも通りなんだよね。

 僕は一息つくと、相変わらず背中に金属製の筒を接続しているコバモに向かって話しかける。

「そうそう、この前の帰りね、ホシナギとね、彗星の話をしてね……」

 僕はいつものようにホシナギとのとりとめのない、でも僕にとってはとても大切な会話をコバモにも聞かせてあげる。
 いつもはふるふる震えて相づちを打ってくれるコバモ。
 僕もその様子を見て、満足していたのだけど、今日のコバモはちょっと変。

「どうしたの、コバモ。何かその飲み物変だった?」

 僕はコバモの背中に取り付けられた金属製の筒を指差して聞いてみる。

「ふーん。何でもないって言っても、何でもない様子じゃなかったけどなー。」

 コバモは機械の癖に、時たまこういうことがある。
 あっ、別に機械差別をしているわけじゃないよ。

 もちろん、アンドロイドを初めとした準人格権を持つ存在が、黙秘権が認められていることは学校の授業でも習っているし。

 僕は脱線した思考をぽいして、話を戻す。

「それでね、昨日なんて、ホシナギがさ。修学旅行中に彗星が最接近するから一緒にホテル抜け出そう、なんて言うんだよ。」

 僕はカップを人差し指の爪でちーんと鳴らす。

「ホシナギ、ここ最近は毎日彗星の話しばっかりなんだ。」

 楽しくおしゃべりをしていると、コバモが脚先を降って教えてくれる。

「えっ、もうそんな時間?! 今日は修学旅行だから急がなきゃ!」

 僕はちょっと残っていたココアを飲み干す。夢だからって残したりはしないよ。

『じゃあね、コバモ』

 目が覚める。

「良かった。まだ間に合うや。」

 僕は急いで準備をすると、昨晩用意した荷物を入れた可動式トランクを連れて、駅に向かって出発した。

 駅に近づくに連れてビルが増えてくる。
 忙しなく行き交う人々にぶつからないよう、僕も少しだけはや歩きになる。

 そんなときだった。さっきまで清々しい朝の空気が、急にピリッとしたものに変わる。
 鼻の奥を刺すような、ピリピリしたものを感じる。

 空が光っている。日中なのに、無数の流れ星が見える。
 一人が立ち止まり、流れ星をぽかんと眺め始める。すると徐々に周りの人達も、その様子を訝しんだあと、流れ星に気づき始める。

 ほとんどの人間が動画を撮り始める中、僕は沸き起こる不安で、痛いくらいに心臓がバクバクしてきた。

 空を覆わんばかりの流星の雨。その一つが、まるでこちらに向かって落ちてくるかに見える。
 いや、まるでじゃない。
 こっちに来ている!

 僕は咄嗟に身を伏せる。

 僕の頭上を通りすぎた流星は三つ先のビルの根本に、激突する。
 辺りを押し潰さんばかりの轟音。
 一瞬で消し飛ぶビルの基礎部分。
 衝撃波で、周りの人間が吹き飛ばされていく。悲鳴すら消し飛ばされていく。

 そのまま、ビルが傾き、倒れる。

 再び上がる轟音、巻き上がる砂塵。
 そして、その砂塵が、一陣の強風によって薙ぎ払われる。一気に視界が通る。
 薙ぎ払った強風のおおもとの場所に立つのは、一体の巨人。
 全身から放たれる金属の光沢。
 馬のような四つ足。

 そう、まるでケンタウルスのような姿をした機械仕掛けの巨人が辺りを見下ろしている。

 僕はふらふら立ち上がり、ケンタウルスと向き合う。

 機械仕掛けのケンタウルスには目がなさそうに見えるのに、何故か、僕はケンタウルスと目が合うのを感じる。

「え、うそ……」

 僕の口から思わず漏れる呟き。

 突撃の構えを取るケンタウルス。
 そのまま、その四つ足を高らかに響かせ、突撃してくる。

 僕は恐怖に支配されて、身動きが取れない。現実とは思えない出来事の連続に、ただ、立ち尽くすことしか出来ない。
 ゆっくりと、理解する。このままではあの巨大な脚に踏み潰されて死んでしまうということを。

「来て、コバモ」

 ポロリと、僕の口から言葉が零れる。それは祈り。毎夜毎晩繰り返し繰り返し、僕の口を通りすぎてきた言葉。
 現世で口にするのは初めての言葉。

 本当に来てくれるなんて、思ってたわけではない。ただただ、無意識に夢自覚に。

 しかし、その言葉が、トリガーだった。

 いつもは髪で隠している首筋の痣。アブダクトの跡であるそれが、熱く熱く、熱を放ち始める。

 目の前まで迫りくるケンタウルス。
 後一歩で踏み殺される。

 ぱりん。

 硬質な物が割れる音が響く。

 気がつくと、ケンタウルスが僕の眼前すれすれで停止していた。
 その腹の横、本来であれば何もないはずの空間。そこに、亀裂が生じている。
 その亀裂から、突き出された一本の機械仕掛けのアーム。
 そのアームがケンタウルスの横っ腹に突き刺さっていた。

 アームに串刺しにされ、力なくもがくケンタウルス。

 さらにもう一本。アームが亀裂を押し広げながら現れると、ケンタウルスに突き刺さる。

 横っ腹に突き刺さった二本のアームが、ケンタウルスごと、亀裂を一気に左右に圧し開く。
 音にならない衝撃波を響かせ、二つに千切れるケンタウルス。そして、何もないはずの中空に、穴が生まれる。

 その穴を通り、姿を現す影。
 コバルトブルーに輝く光沢。
 コバモが、亀裂の穴をその10本の脚で押し広げながら出てきた。

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