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蜘蛛型戦車コバモ #4

「コバモ? コバモっ!」

 僕はコバモの名前を呼びながら、見慣れたコバモの脚にひしっとしがみつく。不思議とコバモがここに居ることに疑問は覚えない。
 夢の中で見たのと全く同じ姿。
 何度もペタペタと触ったのと同じ、金属とはちょっと違う感触が手のひら、そして抱きついた全身を通して伝わってくる。

 くるりとこちらを向くコバモ。
 そのまま僕に覆い被さるように、その脚を広げ、お腹を近づけてくる。
 僕の視界を覆うコバモの影。

 閃光。

 そして遅れて響く爆音。

 コバモによって引きちぎれたケンタウルスが、爆発した。
 とっさに庇ってくれたコバモに包まれ、咄嗟に縮こまる僕。

 ケンタウルスが落ちてきた時の比ではない衝撃が、周辺一帯を蹂躙する。
 衝撃波が通りすぎ、吹き荒れる豪風。

 あまりの衝撃にコバモですらカタカタと僅かに振動しているのが、抱きついた脚越しに伝わってくる。覆ってくれたコバモの体と足の隙間から入り込んだ風が僕の髪をかき回す。

 長く感じられた爆発。ようやく収まってきた。

 僕がそっとコバモの影から辺りを見ると、すっかり街の様子が変わってしまっていた。
 道路も、建物も、そしてそこかしこに倒れていた人影も。影も形もない。

 ただ、半球状にえぐれたクレーターだけが、そこにはあった。
 唯一、爆心地からみて、コバモの居た方向の部分だけが放射状に大地が残されている。
 さらに遠くを見ると、クレーターの外では建物が外に向かって倒れているのだけが、目に入る。
 しかし、ぐちゃぐちゃになった瓦礫が邪魔で、それより遠くは見通せない。

 キョロキョロする僕に、コバモがそっとお腹を近づけてくる。
 入り口のハッチが開く。

 見慣れたコバモの搭乗口。何十回、何百回と入ったそこ。僕は逃げ込むようにしてコバモに乗り込んだ。

 すぐに巻き付いてくるシートベルト。
 いつもの優しいその感触。今日は僅かにぎゅっと強めに締まり、しかしすぐに最適になるまで緩められる。
 そっと僕の足裏に当てられるフットレバー。これはいつも通り。

 いつものコバモのコックピットだ。

 何故か今になってカタカタと震え始める僕の両手。

 思わず両手をあわせて擦り合わせる。
 それでも治まらない震えに、どうしようと、両手の手のひらを見つめる僕。

 反重力制御されたジェルが、そっと背後から回り込み、僕の両手を二の腕から指先に向かって包んでいく。

「コバモ……。ありがとね。」

 コックピットの前面が透過され外部の様子が映る頃には、手の震えも治まっていた。

 僕は堰を切ったようにコバモに問いかける。

「ねぇ、コバモ。ねえねえコバモ。アレは何? 空から落ちてきたよ。アレが来たから、人がいっぱい、いっぱい死んじゃったんだよ。しかも襲ってきたんだよ。もう少しで踏み殺されちゃうかと思った。コバモはどうやって来てくれたの? ねぇ、コバモって、何なの?」

 コバモが答えてくれる前に、アラートがコックピット内に響く。
 コバモとの『遊び』のなかで何度も聞いた音。
 追いかけっこで、獲物が近くに居るときに鳴る、その音。僕はパブロフのワンちゃんのように、半分無意識にジェルに包まれた片手を動かし、コバモの向きを獲物に向ける。獲物を視界に浮かぶ四角い枠に捉えると、いつものように指を弾く。
 夢の中なら、これで終わり。ピカッと光って獲物が消えるだけ。

 僕が指を弾いた瞬間、コバモの瞳の一つが光ると、そこから一条の光線が発射される。
 コバモと同じコバルトブルーに輝く光線。
 狙いたがわず、それは瓦礫を乗り越え現れた別の機械仕掛けのケンタウルスへと命中する。
 コバルトブルーの光線でコバモとケンタウルスを繋がれる。

 次の瞬間、ケンタウルスが砕け散るようにキラキラとした粒子とかす。それが、コバルトブルーの光線を伝わってコバモへと流れ込んでくる。

 すべては一瞬。
 そして気がつくとコックピットのディスプレイにゲージが出来ていた。そのゲージ、僅かに延びているのがわかる。

 僕は我にかえる。

「ねぇ、コバモ。アレは……獲物なの?」

 コバモの肯定の意志が伝わってくる。

「……」

 なんて答えるか迷っているうちに、再び響くアラート。今度は二回。

 僕はいつものようにコバモを動かす。これは何度も「遊び」で出てきたパターン。やんちゃする獲物が二体の時はいつもこう。

 僕はコバモの10本ある脚を使い、高速でクレーターの瓦礫の淵を登ると、獲物が直列するよう位置取りを変える。

 そしてリズムよく、トントンと二度、指を弾く。

 はしるコバルトブルーの閃光。

 あっという間に粒子に変わる二体のケンタウルス。

 僕はいつの間にか夢の中にいるような気分になっていた。だって、まるで夢の中でいつもコバモと『遊んで』いるのと同じだから。

 その時、目に入るゲージ。唯一、夢とは違うそれは、先程の三倍の長さまで伸びていた。

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