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蜘蛛型戦車コバモ #1

 ゆっくりと沈む意識。人をダメにする例のクッションに背中から沈み込んで行くような、ズブズブとした感覚。

(ああ、また。いつもの夢が始まる。)

 夢の中なのに、段々と冴え渡っていく意識。
 ゆっくりと指を曲げ伸ばし、開いた右の掌を見つめる。

 いつからか、この夢を見始めた時に、いつも行うようになった動作。

(何故かこれをすると、その後は体を自由に動かす事が出来るんだよね)

 視線をあげると、目の前にはいつもの愛機がいた。

 パッと見は蜘蛛だ。
 長い10本脚のある大きな蜘蛛型の戦車。カラーリングはコバルトブルー。
 僕の身長の倍以上あるそれに、気安く近づいていく。

 『来て、コバモ。』

 僕が愛機の名前を呼ぶ。すると、その長い脚を折り曲げるようにして、コバモはお腹にある搭乗口を僕の手の届くところまで下ろしてくる。

 ネーミングセンスについては許してほしい。初めて見た夢でコバモと出会った当時はまだ、僕は小学生だったのだ。
 コバルトブルーの蜘蛛だから、コバモ。小学生当時の語彙なんてそんな物だ。

 最初は何もない空間で、コバモとずっと一緒に居るだけの夢だった。
 初めて見たときは、コバモのその大きさに恐怖を感じていた。蜘蛛っぽい見た目も気持ち悪く思った。しかし、ただ一緒に居るだけの、何も起きない夢が毎晩続くのだ。
 小学生の僕の警戒心なんて、あっという間に何処かへ行ってしまうのは当然だろう。
 すぐに、僕は夢に入る度にコバモに近づいてペタペタとそのコバルトブルーの機体に触るようになった。

 いつも大人しくペタペタされているコバモ。
 僕は満足するまでペタペタした後、はじめの頃はコバモの隣に腰を下ろして、ボーとしていた。

「夢なのに、何も起きないなんて、変なの。」

 それからだ。
 僕は夢を見る度に、コバモにペタペタし、それも飽きると隣でボーとしている毎日。
 時には新しい学校であったことをポツポツとコバモに話してみたりもした。
 勿論、コバモは返事なんてしない。でも、僕が話しかける度に、僅かに身じろぎするコバモ。それが、まるで相槌を打ってくれているみたいで、すぐに僕は毎晩、コバモにその日の事を話すようになった。

「今日ね、星凪がね、こっそり学校にマンガを持ってきてたんだ。しかも、紙の。星凪のお母さんの『これくしょん』なんだって。一緒に隠れて読んだの。」

 星凪は新しい学校で最初に出来た友達。

 コバモに、コバモと名前をつけたのも、この頃だった。

 その頃からだったと思う。コバモの考えていることが何となく分かるようになってきたのは。

「ああ、遊びたいの。いいよ。何して『遊ぶ』?」

 ある日のコバモの、いつもと違う様子を見て、確か、そうコバモに話しかけたはずだ。

 その『遊び』が、毎晩、今でも続いている。

 僕はいつものようにコバモのお腹の搭乗口から、するりと中に乗り込む。これから遊びが始まるのだ。

 コバモの中は意外なほど広い。もう手慣れた様子で巻きついてくるシートベルトに身を任せる。
 せり上がってくるフットレバーはピタリと僕の足の裏に張り付く。指先から肩までを覆う粘性の高いジェルが、宙に浮きながら優しく両椀を包み込む。

 いつも、こうして僕たちは一緒に遊び始める。
 それは、時には射撃ゲームだったり、時にはかくれんぼだったりする。

 今日はどうやら障害物競争のようだ。

 僕の夢の中、ゆっくりと障害物競争のコースが立ち上がってくる。
 どこからともなく、コバモと同じ形をした白色の蜘蛛型の機体が現れた。
 いつも、あれと競争する。

 スタート地点に立つコバモと白い機体。機体の性能は二つとも全く同じ。ただ、僕の体重分の荷重によるデメリットを、僕のテクニックが上回るかどうかが、勝負となる。

 僕が身構えていると、夢の中の空に花火が上がり、スタートの合図になる。

 僕は花火の鳴る瞬間、コンマ何秒か前のタイミングで、ゆっくりとフットレバーを踏み始める。
 駆動するコバモの脚と地面との摩擦は、何年も前からすっかり体感として把握している。スタートダッシュで、僕たちが僅かなリード。

 すぐさま白い機体の鼻先を抑える。体重分、加速で勝る白い機体を力ずくで阻止し、そのまま障害物へと突っ込んでいく。

 そのまま優勢を維持し続け、今日も、僕たちの勝ちで終わった。

『じゃあね、コバモ』

 その言葉とともに、意識が上に引っ張られていくのが分かる。

 目が覚める。
 大きく伸びを一つ。

「今日から、2学期か……」

 僕は身支度を始めた。

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