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蜘蛛型戦車コバモ #5

 僕は次のアラートが鳴るかと身構える。

 いつもは、もっと、もーっと獲物は大量に出てくる。逃げる獲物に、やんちゃで攻撃してくる獲物。形も動きも、夢の中の獲物は色んな種類がいた。さっきまでいた機械仕掛けのケンタウルスは、初めて見たけど動きものんびりしていて、夢の中のどの獲物よりも、よわっちいかも。

 色んな獲物達を、最小の動きで狩り尽くす。夢の中ではね。早く終わらせたいし。僕も、コバモも、すっかりそれに慣れているんだけど……。

 待っても待っても次のアラートが鳴らない。どこか拍子抜けしてから、気がつく。

「あれ、僕、あのケンタウルスみないなの、怖がってたよね? 何で拍子抜けしているんだろ。」

 僕はコバモをゆっくりと旋回させてみる。

 そこかしこから吹き上がる黒煙が空を染め。
 ビルは倒れたり、傾いたり。
 さっきまでいたクレーターのなか、大地が辛うじて残った部分には、僕のスーツケースだけがぽつんと残されていた。

「あ、修学旅行! 駅に急がなきゃ。みんな、大丈夫かな。」

 当然修学旅行どころじゃ無いけど、きっともう駅に学校の子達は集まってたはず。

「きっと、大丈夫だよね?」

 このときの僕は、非現実過ぎる現実と、夢の中にいるような感覚とが混ざりあい、混乱していたのだろう。スーツケースは回収しなきゃと、行動を起こす。

 僕はコバモの脚を動かし、クレーターを降りて行く。フットレバーを左右小まめに操作し、瓦礫で出来た斜面を下る。
 プロのクライマーでも命綱なしでは躊躇するような、ぐらぐらした斜面。

 僕とコバモなら、綱の上でタップダンスだって踊れる。
 これぐらいの足場なら平地と変わらない。あっという間にスーツケースにたどり着く。

 コバモがお尻のハッチを開けて、スーツケースをしまってくれる。

「ありがとう、コバモ。ねぇ、僕、駅に行きたい。」

 いいよ、行こうか。

 コバモの肯定の意志。
 でも、そこに心配する意志が混じっているのが感じられる。

 クレーターを飛び出すように駆け登ると、駅の方角を探す。
 見慣れたはずの町並みが跡形もなく、ぐちゃぐちゃで方向すらわからない。
 僕が固まっていると、コバモが地図を投影してくれる。
 まだ、街が壊れる前の地図。
 僕がまじまじと地図を見ながら首を傾げると、そっとコバモが前肢で、方向を示してくれた。

 僕はちょっと照れながら素直にコバモの指し示してくれた方向に向かって、コバモを走らせる。

 最初は道すらない瓦礫の上を。
 10本あるコバモの脚をしゃかしゃか動かし、瓦礫の上を駆け抜ける。
 走り続けるにつれ、徐々に地面が顔を出す。
 所詮、駅まで僕が歩いて行こうとしていた距離。コバモなら、あっという間。
 走り続けると、すぐに駅が見えてくる。
 駅は奇跡的にその形を維持していた。

「ホシナギ、無事かな。無事だよね。」

 コバモも心配してくれているのが伝わってくる。

 その時また、獲物を知らせるアラートが鳴り響く。

 目の前は駅のロータリー。その向こうに駅の建物。
 視界の中に、獲物らしき物は見えない。

 僕はコバモにアクティブスキャンを放ってもらう。
 すぐに、後退。背後にある傾きかけたビルに、後ろ向きで登り始める。ちょうど良いぐらいの高さまでくると、ビルの壁面に張り付く。

 やんちゃな獲物なら、さっきのアクティブスキャン元、目掛けて殺到するはず。
 僕は目を皿のようにして観察する。
 透過されたコバモのディスプレイに映る外の映像。
 そこに獲物の兆候がないか探しながら、軽くアクティブスキャンの結果にも目を通す。
 アクティブスキャンを過信しちゃいけないことはコバモとの『遊び』を通して嫌と言うほど経験してきたんだ。

 夢の中の獲物はステルスっててアクティブスキャンに引っ掛からない物もいた。さらにたちの悪いのもいるんだ、スキャンにわざと囮を使ってくる性根の腐ったようなのが。

 それ以来、僕は自分の目を一番に使うようにしている。
 人間の目って凄いんだよ。
 コバモは僕の視点に合わせて、いくらでも拡大してくれるしね。

 僕の瞳は駅舎の壁に入り始めたヒビを捉える。すぐに視界に浮かぶ四角い枠をそこに合わせる。指を弾く。
 ちょうど飛び出してきた機械仕掛けのケンタウルスに、コバルトブルーに輝く光線が交錯する。

 粒子になるケンタウルス。

 次々に現れる機械仕掛けのケンタウルス。あるものは壁を突き破り、あるものは駅舎を飛び越え。
 しかし僕はへばりついたビルの壁面から、その全てを見通す。

 コバモが気を利かせて、僕の眼球の動きを先読みしてロックオン用の四角い枠を動かしてくれる。
 僕もコバモに甘えて、最小の眼球運動だけで、次々に獲物をロックオンしていく。ピクピクと揺れ動く眼球。
 到底片手では追い付かない、ロックオンする速度。僕は両手の人差し指から小指までを総動員し、指で弾く動きを行う。
 それはまるで超絶技巧曲を奏でるピアニストの運指のように。確実に全てを処理していく。
 コバモのコバルトブルーの光線が当たる度に増えるゲージが、すごい勢いで伸びる。

 「何でこっちはこんなにいっぱい、いるんだろう……」

 僕の呟きがフラグだったのか、ついにあれほど湧くように出てきたケンタウルスが現れなくなる。

 その時だった。
 玄関のチャイムのような音がコバモの中に鳴り響く。

 ピンポーン。

 思わずビクッとする僕。
 
 続けて、聞き覚えのない機械音声が流れる。

 「スキルゲージが貯まりました。スキルポイントに変換されます。スキルポイントを割り振りますか。」

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