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ダーツが届かない

まもなく誕生日を迎えるにあたって、恋人と旅行をしようという話になった。旅行は好きだ。知らない町を歩き、おいしい食事を食べ、おいしいお酒を飲む。非日常を味わえるだけで最高である。

しかしわたしも彼も、「特に今ここに行きたい!」というこだわりがなく、行き先に困ってしまった。結局、知らない町でおいしい食事とお酒が味わえる場所、というのは日本中にごまんとあるわけである。

「もうどこでもいいや、ダーツの旅でもいい」
「そういうアプリ、あるんじゃない?」

スマホで探してみると、本当にあった。くるくると回るダーツの的をタップすると、矢が刺さり、ランダムに日本全国の地名が出てくる。そのままマップに移行でき、その地名が何県のどこに位置しているのか確認できるのだ。

我々はさっそく、やってみることにした。もちろんかけ声は、パジェロ!パジェロ!

すると、「新橋SL広場」と出てきた。却下却下、新橋はだめだ。飲み屋街としては最高だが、誕生日の旅行には適していない気がする。旅行ではなく、ただ単に「飲みに行ってそのまま泊まった」になってしまう。サラリーマンの聖地を巡礼しても、非日常は味わいにくいだろう。

旅行先はどこでもいいけれど新橋はなし、というかせめて東京は出たい、ということでダーツをやり直すことにする。ただ、やり直し機能を搭載したとたん、わたしたちはその後も「もう1回やればもっと良い場所になるのでは?」という浅はかな欲にまみれてしまった。結局、ルールを変更してダーツで10か所の候補を出し、後日あらためて場所を決めることにした(もはやダーツの旅とは言えない)。

それにしても便利なアプリである。なにせタッチするだけなので、10か所でもサクサクと決めることができた。

本物のダーツならば、こうはいかない。

わたしは自慢じゃないが、ダーツが壊滅的に下手だ。そもそも初めてトライしたときに自らのセンスのなさに絶望し、その後は「人様に迷惑をかけてはならない」とダーツに近付かないようにしてきた。30年の人生で、ダーツをした回数は片手の指に収まるほどだ。

まわりのお客さんをさりげなくチェックしても、わたしより下手な人を見たことがない。ただ、行く機会が少ないので、たまたま上手な人ばかりの日に行ってしまった、という可能性もなきにしもあらず。と思っていたら、昨年、バーのマスターから「あなたほど伸びしろがある人は見たことがない」と太鼓判を押されてしまった。さすが接客業のプロ、言い方がマイルド。が、なんにせよ「わたし、ものすごく下手なのでは?」という見立ては間違っていなかったらしい。

一応、中学・高校はバスケ部に在籍していた。1回戦を勝てれば大喜びの弱小チームだったけれど、大事な青春時代をスポーツに捧げたことは確かである。れっきとした元スポーツ少女だ。それなのに、ダーツをするわたしの姿を初めて見た友達は、驚きを隠せないというふうにこう言った。

「おばあちゃんのリハビリ?」

そもそも矢が、数本に一本しか的に届かない。出来の悪い紙飛行機のように、投げ放たれた瞬間に急下降して地面に落ちるのだ。しかし的にぶつかってすらいないので、ダーツのマシンは反応しない。なのでわたしも、「えっ、今何か起きました?」と素知らぬ顔で、すばやく矢を拾い、投げ直す。それを繰り返す。

しかしこの、投げては拾い、投げては拾いという動作を急いで繰り返すのが、結構しんどい。まるで、スクワットを取り入れた反復横跳びである。おばあちゃんには至難の業だろう。次第に汗をかいてくる。呼吸が荒くなる。ハァ、ハァ、ダーツってこんなに有酸素運動だったっけ?と疑問を感じる頃、ようやくゲームが終わる。

わたしも好き好んで激しい運動をしているわけではないので、友達のアドバイスも素直に受け入れるし、ネットで「ダーツ コツ」と検索もする。ふむふむ、肘を固定するのか。投げるときに力は要らない、と。

そこらの人よりも、よっぽどコツは知っている。だが、「知っている」と「できる」の間には、それはそれは大きな隔たりがある。「知識がある」だけで「できる」のならば、『SLAM DUNK』から始まりヲタク並みにバスケ観戦にハマっていたわたしは、中学・高校ともっと試合で活躍できたはずだろう。

また、的の位置まで矢が届いても、なぜかダーツの機械ととなりの機械のすきまに、うまいこと吸い込まれることが多い。見ている人はたいてい言う。

「すごい!逆にその隙間に入れるほうが難しいよ!」

フォローはありがたいが、矢をそのままにもできず、ホコリまみれのすきまに手を突っ込むことになるわたしは憂鬱だ。お店の人に、わざわざ機械をずらして取ってもらい、申し訳ない気持ちになったこともある。

そんなわけで、なるべくダーツとは距離を置くようにしている。わたしがテレビ番組でダーツにチャレンジさせられる人間ではなくて良かった。パジェロやタワシに一喜一憂する以前に、絶対に的まで届かないだろうから。ダーツのアプリを作ってくれた人に、心からお礼を言いたい。

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