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【超短編小説】尻を笑う猿

「次のニュースです。N国で虐殺が起きました。左手で文字を書いた男性が、処刑されたようです」
 そんなニュースが流れてきたので、Mは笑い声を上げた。
「なんて残酷な……左手で文字を書くことが誰の迷惑になるというんだ! まったく馬鹿げた話だな!」
 興奮したMはテーブルを叩いて自身の感情をあらわにする。置かれていた花瓶がぐらぐらと揺れた。僅かに零れた水が、真っ白なテーブルクロスにシミをつけた。
「まったくけしからんニュースだ、お前もそう思わないか?」
「はい。そう思います」
 疑問を投げつけられた男は抑揚のない声で応えた。
「そうだろう、そうだろう。お前にもその程度の良識はあるんだな」
 満足そうに頷いたMは上機嫌になって、濃厚なオニオンスープを口に運んだ。男もまた、無言でスープを飲んだ。ニュースはすぐに次の話題に移ったが、Mはそのタイミングでテレビのスイッチを切ってしまった。
 ひっそりとした夕食を終え、Mは大きく息をついた。そしてでっぷりと膨れた腹をぽんぽんと叩きながら男に向かって言い放った。
「おい、お前もはやく食べ終わらないか」
「はい。申し訳ありません」
「私はとっくに食べ終えたというのに、お前は本当にトロいな」
「はい。申し訳ありません」
 男はせっせとスープを口に運んでいる。残したら残したで小言が飛んでくる。男は塩水のようなスープを無理矢理流し込み、ようやっと「ごちそうさまでした」と言った。
「さあ、ちんたらしてないですぐに行くぞ」
 Mは席を立った。が、男がじっとこちらを睨んできているのに気がついたMは、テーブルを強く叩いた。
「何だその目は!」
 待機していたメイドの一人が、びくりと身体を震わせた。
「お前みたいな『つむじが右巻き』のヤツに食事を与える優しいヤツなんざ他にいないんだからな!」
 男は俯いて、「はい。申し訳ありません」と言った。

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)