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【超短編小説】歌姫


   歌姫

 雨を聴く。かれこれしばらく音楽を聴いていない。大学の頃に初めてVOCALOIDを購入して、素人なりに頑張って作った曲は最初の頃は鳴かず飛ばずであった。しかしインターネットというものはいつだって気まぐれなのだ。インフルエンサーの「お気に入りの曲」として紹介されたそれは、瞬く間に数十万再生に届いた。
 同時にコメントもにぎわう。抽象的な言葉の羅列は俗に言う考察勢の心をくすぐったようだ。動画四十四秒のところに入る声がどうのこうのというような、そういった話が真実のようにして広まっていった。違うと言っても聞く耳持たず。新曲でそれとなく「てめぇらの御託は全部妄想なんだよ」という文句をたれても効果はない。
 雨を聴く。かれこれしばらくネットを開いていない。余計なノイズが多すぎる。雨音ぐらいが丁度いいのだ。それ以外の意味がない羅列。さあさあと流れる単調な音が、僕にはVOCALOIDの声にも聞こえる。余計な考察も、僕の曲を踏み台にした自分語りも、雨の中には存在しない。わざわざ人の家の窓を開けて「ねえ、こんな雨の日はおセンチな気分にならない?」などと話しかける頭の狂った女がいるなら見てみたいものだ。関わりたくはないが。
 雨を聴く。僕も雨に余計なものを聴いている。でもそれは僕の中にとどまるだけの妄想であり、雨はそれを知らない。
 いつだって歌声だけが正直だ。


 シロクマ文芸部
「雨を聴く」より

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)