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【短編小説】偽りを綴る

「あんたの妹が、私の妹をいじめてるらしいんだけど」
 よく晴れた春の日のことだった。Nの妹と私の妹は一年三組にいて、特に仲良くしているという話は聞いていなかった。Nは鼻穴を異様に大きくしながら、私を威嚇するような目で見た。私は「そうなんだ。妹に聞いてみるね」と言った。あの、普通にしていれば大人しい妹がNの妹をいじめるとすれば、Nの妹がちょっかいをだしたか何かをした以外の理由が思いつかなかった。今となればこの時点でそういった冷静な判断ができたが、小学三年生の私には無理な話だった。
 私は家に帰ってから、妹にその話をした。妹は「いじめてないよ」と言った。即答だった。
 誰かが誰かに何かをしたとき、当の本人にとっては大したことがない行動でも、受け手側にとっては残虐な攻撃行為にとられることがある。私たち人間の営みはいつだって齟齬の繰り返しだ。挙句、妹は怒ると手が付けられない。暴れるとかわめくとかならいくらでも対処ができるが、こいつはよりによっていらんことを言うタイプだった。小学一年生の分際でませてるところがある。
 私は妹に「××ちゃんと喧嘩した?」とそれとなく聞いてみた。しかし妹は「してないよ」と答えた。
「おなじクラスだけど、おはなししたこともない」
 私は訳が分からなくなったが、私にできることはここまでだった。
 翌日、Nにそのことを報告した。別に報告したいわけじゃなかったのだが、ご丁寧に向こうからやってきたのだ。Nはずんずんと音を立てながら私の席に来て「伝えてくれた?」と言った。
「いじめてないって言ってた。同じクラスだけどお話もしたことないって」
 私は正直に言った。するとNの鼻穴は大きく膨れ上がった。
「私の妹がウソをついてるっていうの!?」
 私は驚いたが、同時にめんどくさいなと思った。大声を張り上げたNと原因を作った私にクラス中の視線が突き刺さった。
「でも、妹はしてないって」
「じゃあなんで××ちゃんが、あんたの妹に『いじめられてる』って言ってきたの? 理由があるから言ってきたんじゃないの?」
 私はげんなりしたのを覚えている。こいつ、自分の妹のこと「××ちゃん」って呼ぶタイプか。純粋性ゆえの偏見といったら言い訳と思われるかもしれないが、私はこのときNのことを「気色悪い」と思った。もう少し後になって流行る言葉を借りれば「キショい」というやつだ。
「ともかく、××ちゃんをいじめないでよ」
「だから、妹はいじめてないってば」
「そもそもいじめてるやつが『自分はいじめてます』っていうわけないよね」
 自分こそが正義と思いあがっているNの鼻穴の奥で、白いものがぴらぴらと動いていた。Nちゃん鼻くそ見えてるよとおしえてやるつもりは毛頭なく、私はNの呼吸に合わせてぴらぴらと動く鼻くそを見つめながら言った。
「私の妹、大人しいから自分からいじめにはいかないと思うよ。もしもNの妹が本当のことを言っているとしたら、Nの妹が私の妹に何かしたんだよ」
「みとめた!」Nが甲高い声を上げた。
「いじめをみとめた!」勝ち誇ったように叫んだNの唾がまき散らされるのを見て、クラスの男子が「きったねぇ」と言った。そういえば、Nは国語が苦手だったなと私は関係のないことを思い出していた。
 教室の扉が開いた。騒ぎになっているクラスを見て担任のI先生は何があったのかを聞いた。Nが「私の妹をこいつの妹がいじめてるんです!」と叫んだ瞬間、Nの鼻から勢いよく何かが飛んだ。
 I先生は私たちを順番に連れ出して、順番に話を聞いてくれた。外野で話を聞いていればどう考えても私の方が不利だったのに、I先生は私の主張をきちんと聞いてくれた。一年三組の担任に掛け合ってくれると約束してくれたので、私はほっとした。
 結果から言えば、妹はNの妹をいじめていなかった。
 Nの妹が密かにあこがれていたらしいクラスの男子と、私の妹がちょっと話をしていたのがきっかけだった。Nの妹が嫉妬して、いじめをでっちあげて妹を追い詰めようとしていたらしい。いかにも子供がやりそうな、お粗末な筋書きだが、原因の出来事も小学一年生にしてはませている。それとも、今の小学一年生ってわりとそういうものなのだろうか。
 NもNの妹も私や私の妹に謝罪することはなかった。何事もなかったかのようにしてふるまった。姉が姉なら妹も妹だ。Nの妹もクズだった。I先生がきちんと動いてくれなかったら私と私の妹は不当な扱いを受けるところだったというのに。
 妹はちょっと不服そうにしていたが、私はもう気にしていなかった。
 私を怒鳴りつけた際に鼻くそを吹き飛ばしたNに「くそとば」という不名誉なあだ名がついたので。

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)